漫画レビュー:ヤマザキマリ『ルミとマヤとその周辺』(2008年12月『Quick Japan』81号)
中学二年でヨーロッパを一人旅した経験を持つ、現在ポルトガル在住のヤマザキマリは、物語によって絵柄を変える不思議なマンガ家。自身の体験もエピソードに多く活かされているという『ルミとマヤとその周辺』は、川遊び・自慢の筆箱・ヨーヨーなどが随所に登場する、昭和ノスタルジーものの一つとして捉えられている作品である。主人公の姉妹は母子家庭で、音楽家の母親は仕事が忙しく家を空けがち。そんな母を理解し、普段は気にするそぶりを見せない元気な二人を中心とした北国の人間模様が描かれる。登場する子供達は鼻水をたらし、仲間はずれをし、貧乏な家庭を恥じ、親に怒られているところをクラスメイトに見らればつが悪そうだ。ここには一九六七年生まれの作者から見えた、かつてあった日本の風景が封じこめられ、自分の生きた時代の尊さを信じる強さがある。作者は郷愁と懐古が進歩主義者から必要以上に攻撃されることを気にしないだろうし、同時に都合よく美化するだけではリアリティが得られないことも知っている。美しいものを美しく、穢いものを穢く描く。しかし後味は悪くない。その際のデフォルメはマンガだからこそ可能な増幅であり、それゆえに本作は強力だ。ノスタルジーが単なる過去賛美であるかのように誤解している「ノスタルジーなんてつまらない」と思っている人にこそ薦めたい、ノスタルジーの本質的なエンターテインメント性を体験して欲しい。
<!--以下2020年コメント-->
この頃から「ノスタルジー」というものについて考えるようになりました。サブカルチャー批評において「ノスタルジー」は常に否定されるものです。「ノスタルジーなんてつまらない」と誰もが言います。しかしワタシは昔から疑問でした。ノスタルジーって面白いんじゃないか?と……。
ノスタルジーは面白すぎて強力なのでそこに頼ってはいけないんだという意味ならわかります。おそらく否定者は「ノスタルジーは特定の世代に向けた限定的なもので、対象から外れた人にはピンとこない。そこがよくない」という論理だと思いますが、実はその時代を体験してない人でもノスタルジーというのは感じるのです。つまり必要なのは「良いノスタルジー」ではないか。ノスタルジーを全否定するのではなく、「良い」と「悪い」にわけて「悪いノスタルジー」を否定すべきではないか、と思うようになりました。
ここから先は
ばるぼらさんの全記事アーカイヴ
2001年以降に雑誌等に書いた記事を全部ここで読めるようにする予定です(インタビューは相手の許可が必要なので後回し)。テキストを発掘次第追…
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?