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オリジナル版・プロレス深夜特急……第7回
■メキシコとグアテマラの国境行き、長距離バスの中。バス全体に流れることなく、運転席のあたりだけでチャカチャカと鳴り響いているラジオの音で目を覚ました。日本語の歌。
♪思い切り感じたままに、みせる仕草やさしくて……
当時、メキシコ全土で大流行していたオルケスタ・デ・ラ・ルスの
I am Piano
メキシコシティの街中で何度耳にしたことか。いまこのバスの中で、その歌詞の意味を理解している人間はオレただ一人なのだ。3週間前にメキシコへ到着した最初の夜と同じように、オレは再び一人きりとなっていた。
何度も眠り、何度も目を覚ました。そのつど太陽は西へ西へ。もう一度目を覚ますと真っ暗闇。はて、オレはいまどこにいるんだっけ?周囲からは人々がゴソゴソとうごめく気配。そうだ、バスの中だった。時計を見ると、出発から20時間が経過していた。窓のそと。山道に停車していることが月明かりでわかった。
そして気が付いた。乗客たちが降りる準備をしていることに。到着したのか?ここがグアテマラとの国境?スペイン語で「国境」を「フロンテーラ」という。隣の白人に尋ねた。
「ここはフロンテーラですか?」
「No」
それなのに、彼も降りる準備をしているのだ。いったいどういうことだろう?
乗客が一斉に降り始める。オレは運転手に食ってかかるように尋ねた。
「ここはフロンテーラですか!?」
「No」
「じゃ、どこですか!?」
「タパチュラ」
タパチュラ?
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