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終のすみかの乙女たち「洗礼」

太一はおばちゃん子だった。
おばあちゃんは3年前年亡くなった。
近所に住むおばあちゃんの家にはよく行っていた。
病気のため片腕を切断し不自由だったおばあちゃんのために、炊事洗濯、ちょっとした手伝いもしていた。
だから料理は結構得意だ。今は居酒屋のキッチンでバイトをしている。
農学部三年生の太一は、まだ進路を決めていない。
大学のサークルとバイトに終われる日々。
だがしかし、コロナの影響で大学はリモート。バイト先は営業短縮されシフトは削られた。
それでも生活費はかかるし(家賃は一応仕送りでまかなっている)、欲しいものだってある。

太一はふとおばあちゃんのことを思い出した。
それは、近所の良く通る道にある「サービス付き高齢者マンション」の前を通った時だった。
敷地の入り口には「パートアルバイト募集/未経験者可」とある。
「サービス付き高齢者用マンション?」太一は検索してみた。
お金も欲しいし、かと言って飲食はこのご時世無理だろうな、太一はここの時給を調べてみた。
未経験者でも時給千二百円、まあまあか。
内容も高齢者の見守りとある。
おばあちゃんの手伝いもしていたし、さほどハードルは高くないように感じた。
しかも朝から夕方まで入れる。暇でお金を稼ぎたい太一にとってはうってつけだった。
簡単な面接はすぐに終わった。面接後、すぐに合格の連絡が来て、すぐにシフトが決まった。
とにかく人手が足りないらしい。

アルバイト初日。
入ってすぐの受付を受付を通り、フロアへ案内される。
フロアは食堂になっていて、ここで食事をしたり、テレビを見たりすることができる。
毎日、体操やレクリエーションと呼ばれるお楽しみも行われている。
ここでの仕事が主である。

さっそくユニフォームに着替え、研修が始まった。
先輩ヘルパーの木村さん。ヘルパー歴5年のベテラン。
太一がまず教えられたのは、高齢者の誘導の仕方だ。
腰をしっかし支え、杖を持っていない手を握る。
ちょうど杖歩行中のおばあさん。
彼女にお手伝いいただいて、誘導の実践。
かさかさした小さな手。太一はおばあちゃんの手を思い出した。

半日の研修を終え、お昼休憩になった。
体力には自信があったが、すでに腰が痛い。
疲れた太一は、お昼も食べず、寝て過ごした。

午後からは他の職員と一緒に仕事をすることになった。
「太一くん、今からエレベータで降りてくる車椅子の女性を誘導して」、太一はエレベーターの前で待つ。
自分で車椅子を漕ぐ高齢の女性。彼女も認知症なのだろうか。
「一人で来たの?えらいねー」
褒めれば人間誰でも嬉しいはずだ。太一は褒めまくった。
無言の女性。
ふと太一の名札を見る。
「新人?」
「そうだよ。松永太一。よろしくね。一人で来たの?すごいねー」
「……。なんでタメ口なんだよ。あんた、私のこと犬や猫と勘違いしてるんじゃないだろうね?」
太一は凍りついた。
「(このおばあさん、しっかりしゃべってる)」
車椅子の女性はスッと立ち上がり、
「私、ヘルパーの藤村です。よろしくね新人くん」
と、隣のエレベータから、高齢女性が車椅子でやってきた。
誘導をお願いしたのはこの女性のことだったようだ。

「ちょっと藤村さん、大丈夫?」木村さんがやってきた。
「藤村さん、入浴介助やってたらぎっくりごしやっちゃったみたいなのよ」
藤村さん、ヘルパー歴20年の大ベテラン。
亡くなったおばあちゃんと同じ歳の72歳。太一は驚きやらショックやらでしばらく放心状態だった。

やっと休憩時間。また違った疲れが太一を襲う。寝ようかな。
休憩室へ行くと、藤村さんがぱくぱくとみかんを食べていた。
「あんた、私と利用者を間違えたね」と藤村さん。
「す、すみません!」太一は直立不動で頭を下げた。
「まずは言葉遣いから教えなくちゃダメだね。ここではご利用者様に対しては基本敬語を使うこと。失礼のない言葉遣いで」
「は、はい、すみません」
「ここにいる方達は、君よりずっと先輩なんだからね。どんな方にも敬意を持って接すること」
「はい」
こうして藤村さんは、基本的な言葉使いから、ヘルパーとはなんぞや、ヘルパーの極意、思い出などなど、太一の休憩時間はあっという間に過ぎて行った。
藤村さんがくれたみかんはまだすっぱかった。
The end.

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