終のすみかの乙女たち「法事とマダム」
「マダムには絶対二ヶ月おきに行くんだから!」
ここに入所して一番の困りごとは、地元にある行きつけの美容室「マダム」に行けなくなってしまったことだ。
「マダム」へ通い続けて20年以上。
知子の担当は店長の大野くん。
新人の頃から知っていて、彼の成長を見守って来た息子のような存在。
何も言わなくても、いつも同じスタイリングに仕上げてくれた。
幼少の頃から、髪をよく褒められた。黒いストレートヘア。
歳を重ねても若々しかった。
しかし、脳梗塞で倒れ、生死を彷徨い、あっという間に髪が真っ白になった。
それからしばらく鏡を見なかったし、家に引きこもっていた。
そんな知子を救ったのは、大野くんだった。
歩行がままならない知子のために、車椅子で来店できるよう整備してくれたり、
知子が後遺症で失言を吐いても、笑顔で対応してくれた。
そして、知子に合ったカラーを考案し、知子は自慢の黒髪を再び手に入れた。
やがて、知子に笑顔が戻った。
しかし、
一人での暮らしがままならなくなり、家族は入所を決めた。
ここに入所してきて早3ヶ月が過ぎた。
「80歳までは染めるって決めてるの!」。
現在、78歳の知子は、お風呂のたびに職員に訴える。
施設には月1回、近くの美容室の人がカットしに来てくれる。
ヘアカラーはできない。ヘアカットのみ。
知子は白髪が気になって仕方がない。
行きたい、マダムに行きたい。
会いたい、大野くんに会いたい。
知子は、家族が面会に来るたびに、強く訴えた。
しかし、パンデミックの影響で不要不急の外出は禁止されており、
家族は毎回、なだめるのに一苦労だった。
そんなある日、職員の木村さんは知子の息子にこっそり、
「葬祭や法事なら、外出、認められるかもしれませんよ」と教えてくれた。
親戚の法事から戻って来た知子の髪は、
つやつやの黒髪で綺麗にセットされていた。
上機嫌で鏡を見ている知子を見て木村さんは、二ヶ月後の心配をした。
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