死に向かって過ごしている
今日こうして生きているから
死についてよく考える方だと思う。
楽しい食事の席で話題に挙げるものではないし
これについて口にすることを嫌う人もいるから
他人とは語り合わないようにしているけど。
8年前に祖母が他界したが
なかなか会える距離にいなかったため、大きな悲しみは感じなかった。
94歳になる頃だったから大往生だねぇと、長く生きて生を終える過程を
大好きだった祖母からなんとなく教わった気がした。
寝たきりの毎日からやっと自由になって、
早く迎えにきてよ〜と何度も呼んでいた祖父の元へ駆けてゆく姿を目に浮かべて
安堵した。
2年前に父が他界した。
肺癌だと分かり病院とも相談した結果、
このまま自宅で過ごしたいという希望が叶うことになっていた。
が、ある日家で転倒し骨折。コロナ禍で、面会もできない中の手術と入院。
と色々あったけど最終的に長く暮らした自宅で息を引き取った。
父を父親として関係している姉がいてくれて本当に良かった。
私は心の距離が狭められないまま、ずっとこのままだ。
険悪でもないし、むしろ私のことも愛してくれていたのは知っている。
父は私がブレーキを緩めないことには気がついていたのではないかと思う。
これは私側の問題で、修復しようとすると細かすぎて果てしなく遠い、、、
手に負えないから、このままで。
それでも父は最期の挨拶を待っていて、導いてくれた。
私が海外旅行から帰国した日の朝、
国内の空港乗り継ぎの合間というタイミングに、息を引き取ったとの知らせがあり
空港からかつての自宅へ直行した。父が離婚した母も一緒に。
懐かしい自宅の居間で横たわる父は
上の歯が総入れ歯だったみたいで、
どしても口が開いてしまい”にこっ!!”と完璧なスマイルになっていた。
パパ、最高だよ!!とひとり興奮してしまった。
グサリと何かを言われることもなく
静かににっこり笑う父と最後の最期に触れられたこと、感謝を伝えられたことは
奇跡のようで心から満たされた。
そこで初めて、死というものを生々しく感じる事ができるようになった。
3ヶ月前、母の左胸に硬くゴロンとした丸いものが現れて
トリプルネガティブというタイプの乳癌 ステージは1です。と告げられた。
後世でもよろしくねと勝手に予約済みの主力メンバーのひとりである母。
いつかはその時がくるのだと分かっていても、先へ先へと延ばしたくなるもの。
癌と言われても、
それこそ明日何が起こるかわからない今の時代では
その癌が原因で死ぬとは限らず、
あと何年こうしていられるのかも相変わらず不明。
だけど確実に、これまでよりもうんと色濃く、
人は死ぬ。この人も死ぬ。という現実を鮮明に意識し始めるきっかけになった。
やだやだ、悲しい、死なないで〜〜という心理状態ではない。
これまで何度も勝手に想像しては涙してきた私だから、そのステージはクリアしているつもり。
理想はピンピンころりだし、
気の持ちようで悪い病気は吹っ飛ばせると信じてもいる。
でも誰にだって終わりがあるから、長生きが正義ではないと強く思う。
朝起きて、うだうだしている間に寝る時間。
毎日がお誕生日みたいにキラキラしたもの達で満タンになっている必要はないけど、今日できることは今日やって、
きっと明日も同じ様に気持ちのよい朝を迎えられるよね🎵って眠りにつけることが嬉しい!
そういう感じのワクワクを毎日感じていこうと決めた。
しておけば良かった、、、を減らしたいから、毎日ハグすることにした。
手を繋いで肌から温度を感じるんだ。
いまこうして生きているから、今を味わうことを最優先にしている。
そんな私の残り時間だっていつまでだか知らされていないから。
毎朝起きたら、Let's have a great day!! なのである。