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希望の春

集中治療室 (ICU ) 一日めで、両どなりのうちの三人が亡くなった。

看護師のあいだでは笑いがたえない。ふた袋のポテトチップスをほお張って2交替勤務にはいる男性の看護師、「イトウさん、大変だったね。ゆっくり眠ってね」と言った瞬間かん高く笑う昭和大学短期大学部看護学科21才(知らんけど)女性、ソプラノ的な歌を歌い続ける吉村志穂クラスとさまざまだ。

しかし、その狂気と酸素と麻酔のはざまにいるぼくたちもやはり ...。

医師は上の階で指示をだしているようで、誰かが死んだらおりてくる。看護師たちを集め「われわれもやれることはやったんだ」と言ってまた上の待機室へもどる。ネットワークコンピューターから階下への指示のためのパラメーター入力を再開する。酸素対モルヒネの含有率を2.5%入れようか、いやもう7にするか ...など。

二巡めの右どなりの患者が所持していたiPadは「パスワードがかかっていてあけられない」と、看護師と医師が話している。アップルに持っていくか、なんらかの業者に頼むか --- なんらかだって? ---、画面を割ってみるかなど話をしている。
「お別れ会開催のお知らせ」。こういうときのために、ICUは救急搬送の患者にスマートフォンの持ちこみを薦めている。もちろん、当人にはそれを認める「意識」はもうない。

------ そもそも「意識」という便宜上のそれとは何か? デカルトで終わっているのは分かっているが、インド人のマッドサイエンティストが、それを解く画期的な数式を発明したりしないのか。 ------

酸素カプセルのなかにいる大動脈瘤破裂の手術をした張本勲似は死にそうで死なない。
心臓の働きが停止しても、電気ショックを与えるとまた息をふき返したりする。待機室に帰りそうになる医師がつんのめりながらそれを二度見する。「あんだって?」という顔で戻ってくる。
張本勲の奥さんらしき人がお別れに来たがとうとうあきらめて帰っていった。エントランスから降りてくる大型のエレベーター。酸素カプセルから聞こえるどう猛な風の音。

キリスト教的な何か、を婦人は言った。

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