只管打坐(しかんたざ)
目標を持つことに、疑問を持ったことはありますか?
小学校のとき、教室の時計のとなりには、担任の先生が作った「クラス目標」が、はってありましたし、
会社に入ったら、よせばいいのに営業職になったばかりに、毎月毎月、売上目標を決めさせられました。
こんな風に外からでなくても、私たちは、普段、自ら目標を立てたりもしませんか。
毎日1万歩あるこうとか、10キロやせようとか。
なんとなくやるより、そのほうがうまく行くような気がするですよね。
ところで、私は、マインドフルネスヨガをしているのですが、先日気がついたことがありました。
マインドフルネスヨガは、目標を目指してやると、うまく行かない。
もっと詳しく言うと、目標はあってもいいけど、直接的に目指すと、かえってうまく行かない。
それよりは、目標はできるだけ忘れて、
ただマインドフルネスヨガをする
それがいいようだと気づいたんです。
精神のバランスが崩れても、自分で修正して、保つようになる。
カラダの疲れを、自分で取れ、健やかに保てるようになる。
それをいつも頭に置いてするんじゃなくて、それは一旦置いといて、それが自然と起こるように、カラダと心を準備することに集中する。
まいた種に水をやることだけに集中して、いつ芽が出るかは、忘れている感じです。
道元禅師はこれを只管打坐と言われたそうです。
余計なことは考えないで、ただ坐れという意味です。
素敵なことは、たいていハブニング、予期せぬときにやってきますもんね。