読書感想文:『ケロロ軍曹』を読んで

はじめに

「ケロロ軍曹であります」
これは、本作品の主人公であるケロロ軍曹の自己紹介に他ならない。

地球侵略を企てる宇宙人であるケロロ軍曹は、ひょんなことから地球人である日向家に居候することとなる。本作品のストーリーは、主に侵略とはかけ離れた、ありふれた地球での日常生活を主軸として進行していく。

宇宙人が地球という「異世界」に取り込まれ、馴染んでいく。話をこのように単純化すると、近年ではごくありふれた漫画の設定とも言えるだろう。しかしこの作品に私がなぜ惹かれ、なぜ驚嘆してしまったのか。本論考では、『ケロロ軍曹』を構造主義的な側面から見直し、話型とナラトロジー理論に沿ってストーリーを分析していきたい。

昔話の形態学

構造主義の祖とも言えるレヴィ=ストロースは、1995年に『神話の構造』を発表した。本著でレヴィ=ストロースは数多くの神話の構造分析を行い、神話を構成する要素(神話素)を見出した。ストーリーの流れを敢えて断ち切る形でテクストを分析し、物語の「構造」を読み取ろうとする。この手法は極めて先駆的であった。

ソビエト連邦の民話研究者であるウラジーミル・プロップは、1987年に『昔話の形態学』を発表した。本著では『神話の構造』を肯定的に継承しつつ、物語の話型とナラトロジーについて自説を展開した。具体的には、7つの行動領域と31の機能分類により、物語の構造を分析可能であるとした。

本論考ではプロップの理論に基づき、『ケロロ軍曹』の構造分析を行う。その結果より、なぜ『ケロロ軍曹』は魅力的な物語であるのか、考察したい。

行動領域

7つの行動領域を用いた『ケロロ軍曹』の分析

表に示したのは、フロップが示した7つの行動領域と、『ケロロ軍曹』の分析結果である。行動領域による分析は、物語の登場人物の構図を掴むうえで有用である。では、分析結果の詳細を見ていこう。

先述した通り、宇宙人であるケロロ軍曹は侵略を目的として地球に舞い降りるが、日向家に居候することとなる。それに反対するのが日向家の長女である日向夏美で、ケロロ軍曹の敵対者と言えるだろう。なお、ストーリーが進行するにつれて日向夏美はケロロ軍曹を家族視する場面が増えていくが、あくまでも第1巻時点での分析であることに注意されたい。

続いて贈与者だが、ケロロ軍曹を居候させることについて好意的である長男・日向冬樹と、母・日向秋。助力者はケロロ小隊のメンバーであることは言うまでもない。派遣者は、ケロン軍の最高指揮官である。そして、主人公はケロロ軍曹。偽主人公として、同じく地球を侵略するために登場するガルル中尉、ないしその仲間であるガルル小隊のメンバーが挙げれる。

王女とその父親に当てはまる登場人物は存在しない。

機能分類

31の機能分類を用いた『ケロロ軍曹』の分析

次に、機能分類に従って「ケロロ軍曹」を分析する。機能分類を行うことで、物語を構成する要素を抽出することができ、作品の構造を分析する一助となる。早速、『ケロロ軍曹』の分析結果を見ていきたい。

ケロロ軍曹では、31の機能分類のうち14の分類が当てはまった。
日向家の主である日向春の所在は常に不明であり、これは「不在」に該当する。ケロロ軍曹は地球侵略のための悪巧みや外出を禁じられ、「禁止」に当てはまる。また、この侵略行為自体は「侵犯」にも当てはまるだろう。

ケロロ軍曹が自室で悪巧みをしないよう、日向冬樹は部屋を監視するのでこれは「探り出し」に該当する。また、ケロロ軍曹は地球侵略のため故郷であるケロン星を離れるが、これは「出発」に該当。ケロロ軍曹は仲間であるタママ二等兵を後から発見するため、これは主人公の「反応」に該当する。

ケロロはたびたび敵対者である日向夏美と戦闘するので、これは「戦い」。
その際、日向夏美に狙われることから「照準」。結果としてよく敗れるため敵の「勝利」。破れた結果お仕置きを受けるため、「迫害」「追跡」が当てはまる。

ケロロ軍曹が地球人に見つかるのは、「判別」に該当。第81話で登場するガルル小隊による「暴露」。第30話でクルル曹長の手により地球人スーツが開発されることから、これは「姿の変更」に該当する。

以上のように、多くの機能分類に対応していることがわかった。また、漫画版では描写されていないが、アニメ版においてケロロ軍曹がケロン星に帰る描写が確認され、「帰還」等にも当てはまることが確認されている。さらに、ケロロ軍曹は2022年7月現在未完結の作品であるため、今後他の分類に当てはまる物語が描写される可能性は十分にある。

考察

以上の分析結果から、『ケロロ軍曹』が魅力的である理由を考察する。

まずは行動領域の分析結果より考察を行う。地球の侵略者であるケロロ軍曹に対し、地球人は敵対するのが自然だろう。しかし、日向家の長男である日向冬樹と母である日向秋は「贈与者」になっている。

敵対者となる日向夏美は攻撃的な性格であり、作中でも暴力的な描写が多数見られる。対象的に、日向冬樹と日向秋はおおらかな性格である。このことからも、読者の多くは日向冬樹に好意的なイメージを抱くことが予想され、必然的に読者もケロロ軍曹の贈与者として取り込まれていく。

地球の侵略者であるケロロ軍曹に対し、読者が贈与者としてストーリーを受け入れていく。このギャップこそが、ケロロ軍曹のストーリーの最大の魅力だと言えるだろう。

続いて機能分類の分析結果であるが、主人公であるケロロ軍曹が弱者側であることが見て取れる。

この構図が逆、つまりケロロ軍曹が絶対的な強者として描かれていた場合、地球侵略が実現してしまうという危機感から、読者は日向夏美に感情移入する可能性がある。しかしながら、一小隊の隊長であるにもかかわらず、事あるごとに失態を犯すケロロ軍曹の姿を見ることで、地球侵略の実現性は低いと読者は判断し、安心感を抱く。

先述したように、読者はケロロ軍曹の贈与者側であるが、もちろん地球人でもあるという二面性も持っている。この二面性を巧みに利用し、ケロロ軍曹を弱者として描写することで、「ケロロ軍曹の叶うことのない地球侵略を応援する」というスタンスを読者に取らせる。

作者のこの巧妙な構想には脱帽せざるを得ない。『ケロロ軍曹」が魅力的たる所以は、ここにあると私は考える。

おわりに

本論考では、プロップの手法に基づき『ケロロ軍曹』の構造分析を行った。その結果、本作品の設定には非常に緻密なギミックが凝らされており、読者は知らず知らずのうちに物語へと取り込まれてしまう構造となっていることが分かった。

余談ではあるが、同原作者の作品「けものフレンズ」も名作であるため、近い将来分析を行いたい。

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