600字で綴る⑭「人は愛するに足り、真心は信ずるに足る」
中村哲さんの言葉には嘘が無い。本当に一つも嘘が無い。ときには目を背きたくなるような現実までも正直に語る。人の醜さや欲。命を落としていく子どもの姿。人の弱さ。裏切りと失望。すべてありのままに語る。その一方で水と食を得て、子どもが笑う姿。人が人を信じるということ。そんな事象もまた、中村哲さんは真っすぐに捉える。
その中村哲さんがインタビュー動画の中で自身の活動を振り返り、「人は愛するに足り、真心は信ずるに足る」と結んでいる。この言葉が僕の頭から離れない。この言葉が、計り知れない「重み」をもって僕の前に佇む。
言葉は喜びや悲しみを纏う。話者が発するすべての言葉にコンテクストが伴う。「正直に生きるということ」は決して楽ではない。正直に生きるとは、事象が纏うコンテクストに向き合うということなのだ。自分に都合のいいように日々の出来事を解釈することではない。ただ真っすぐに受け止めることなのだ。だからこそ喜びは大きいが、悲しみも真っ直ぐに刺さる。
そんな中村哲さんがこの言葉を発することがとてつもなく大きな意味を持つ。「中村哲さんが語る言葉には嘘が無い」というのは、中村哲さんの「正しさ」を主張しているわけではない。中村哲さんの「眼差し」に「嘘が無い」と言っているのだ。喜びや悲しみ、人の生と死、過去と未来、一村と世界。そんな事象一つ一つを誰よりも真摯に受け止め、向き合い続けて生涯を終えた方が、「人は愛するに足り、真心は信ずるに足る」と結論付けたこと。そこに一隅を照らす光がある。協調や平和が「不可能ではない」ということを、強く思わされるのである。