『キートン将軍』楽士のつぶやき
ニコニコ大会2024の3演目作品の演奏についての3連発つぶやきの2回め。
1回目『弗箱ラリー」はこちら。
イベント概要 予約完売いたしました。
第786回無声映画鑑賞会
[ラリー・キートン・チャップリン 新春ニコニコ大会]
1月30日(火曜)午後6時30分開演 (午後6時開場・終映予定9時5分)
日暮里サニーホール コンサートサロン
荒川区東日暮里5-50-5 ホテルラングウッド4階 電話 03-3807-3211
(JR鉄 京成線・日暮里舎人ライナー線「日暮里駅」東口より徒歩2分)
一般2000円 学生1600円 前売、電話&E-mail予約1500円
子供(中学生以下)1000円 会員優待券1000円
電話&E-mail予約は公演前日の午後6時まで受け付けます。
予約完売いたしました。
「ニコニコ大会の上映作品ごとに、楽士の目線から楽曲解説などをシェアする3回連続投稿の2回めは、「『キートン将軍』」です。原題は、The General。
キートン
といえば(私見)
現在放映中のNHK朝ドラ「ブギウギ」で、愛助さんの夢としても名前が登場する「キートン」。私も無声映画のお仕事のブッキングがきて「キートン」だと、「やった〜」と思います。
無表情がトレードマークで知られているキートン。
表情が凍ったような感じだからこそ、背後に音楽をまとったようなイメージで、映像の中で、私の演奏の先頭をきって進めてくれるような推進力に背中を押してもらう気がします。
顔が上下左右に全くブレることなく、髪も生き物なのか?という程度に乱れることなく、空気抵抗と重力に正しく弾むだけ。キートンのまわりの温度だけ、ピンポイントで低く感じる。
キートンには、ピアノよりも弦楽器(シンセだったらのオーケストラ音色)が似合うと勝手に思ってる。地面を踏み締めるというよりは、重力を感じずにすい〜すい〜と滑るように移動しているように見えるから、アタック音=音の打楽器であるピアノよりもディレイがあって、たくさんの数のストリングスで微妙な幅がある方がぴったりくると思う。
キートンといえば、CGのない時代に果敢なアクションシーンが見どころ。そして、サイレント映画時代が終わっトーキー時代になると、キートンは、チャップリンとはまた違う形で映画やテレビと関わっていくと歴史を辿るとわかります。老齢になってもカッコ良いYouTubeでみられるカラーのイケおじキートンのリンクも貼っておきますね。カラーだからこそわかる身のこなしの細部もあって参考になっています。私の密かな発見なのですが、K-POPアイドルの人気顔に「恐竜顔」というのがあるそうなのですが、その元祖は、キートンなんじゃないかな〜とも思っています。ジャッキー・チェンなどもそうかなぁ?後年に、さまざまな影響を与えまくった人物ですよね。
カツベン付き上映では、上映前に弁士から、「作品のみどころ」や、俳優陣など、さまざまな「これを知っておくと楽しく見られる」情報が短い時間にささっとインプットという感じで紹介されますので、無声映画ははじめての方でも、イベント時にはお腹を抱えて笑ってみていただけると思います。予習なしでも大丈夫なので、安心してご来場くださいませ。
楽士としての時代によっての弾きわけ
さて、楽士としては、「スラップスティック」を弾く場合、大きく悩むのは、どこまで「ドン」「バン」といった例えば足で蹴りをいれられるような音をハメていくか?という問題です。
「キートンの鍛治屋」のように、大きな磁石から金物が落っこちてくるようなシーンは、状況からお客様もそうなる音をあらかじめ想像しているので、私はシンセでリアルな金物音を物質量、素材から想像して割り出してアサインしています。(シチュエーション・コメディ)
スラップスティックのドタバタで、ちょっと小突かれるくらいなら、痛そう!可哀想にならないように、「これは、この時代の愛のあるご挨拶かなぁ?」という音のフォローをしてあげたいと思うし、尻餅をついたのなら、それは、そのシーンの「喜劇オチ」がついたということなので、ドリフのステージの記憶をたどりつつ、そのオチに辿り着くまでの間、イメージするなら、シルクハットを脱いでくりんぱと回して再び被るくらいの時間差があるので、それを埋めるラグタイム、チャールストン特有のコード進行での終止形を納めます。
歴史的舞踏やバレエの踊り手、もしくはバレエピアニストの経験がある人なら、所作にはそれに紐づく一定のフレーズの形式があるとピンとくると思います。でも、例えば、普段は弾き語りなど、ご自身の創作音楽を中心に活動をしている方だと、このような形式は用いずに、独自にこの間を埋める手立てを考えないといけないので、大変なご苦労をされていると思います。そんなわけで、キートンも初期、短編のドタバタと、後期のストーリー展開のあるものだと、それぞれ演奏方法も異なるという点は、楽士としてつぶやいておきますね。
蒸気機関車
カーキャッチャー
無声映画の伴奏をしていると、いろんな蒸気機関車をスクリーンでみることになります。私は、映像のタイミングと俳優陣のリップを覚えたいので、ほぼ連日、仕事終わりに真っ暗闇の中、大きなスクリーンをラボに張って稽古をしています。本番ではやらないので、秘密なのですが、弁士がいないひとり練習はやりたい放題なので、「汽車笛」なども吹きまくったりして、アヴァンギャルドに遊んでいます。(上映時は、カツベンを遮らないように、控えているつもりです)
私が蒸気機関車に最後に乗ったのはいったい何時だったのか?地元に近い「西武遊園地」へむかう「西武山口線」が、昭和時代は、観光用蒸気機関車でした。こども心にも、蒸気機関車は、「たくさん食べるんだなぁ。たくさん水を飲むんだなぁ。」という記憶が残っています。
本作の蒸気機関車「将軍号」も、劇中でも実に良く食べるし、飲みます。本作では、「水の補給塔」があって、そのアクションシーンもあります。蒸気機関車によっては、機関車自体に「水槽」があるものもあるようです。もちろん、水槽を搭載していない蒸気機関車の方がスピードがでるのだと思います。給水塔のシーンを発見すると、「よし、演奏のスピードは、これくらいかな?」とちょっとBPMをあげてみます。
本作の宣伝画像をいくかみると、蒸気機関車がなんだかおしゃれでスカートを履いているように見えませんか?日本の蒸気機関車には少ない装飾だなぁと思ったら、家畜よけで、その名も「カウ(牛)スカート」というそうです。
軌間(レールの幅)
そんなに詳しくないので、見た目の感覚なのですが、本作の「将軍号」の軌間(レールの幅)は、でっかいですよね〜〜!
「荒武者キートン」の時に乗っていた蒸気機関車は、ほっそほそのレール幅でした。スピードも遅く、後ろから犬が追いかけられるくらい。キートンは、時代によって、恐竜(滑稽恋愛三代記)にも、車にも、前輪の大きなクラシック自転車にも、ボートにも(荒武者)も乗りこなします。
ラッパ 鐘 汽笛
こちらも詳しくないのですが、「荒武者キートン」の蒸気機関車は、車掌さんが、ラッパを吹いて、到着や危険、注意が必要な時に合図をしていました。
本作では、「鐘」は見とれたのですが、汽笛のバルブは私にはわかりませんでした。ご来場の方で、詳しい方がいらしたら、ぜひ、ご教示をお願いしたいです。
「汽笛」がちゃんと見とれる作品では、汽笛笛を使用しています。
参考資料
ウォルト・ディズニー
無声映画時代のピアノ奏法の「ストライド・ピアノ」を自転車みたいなピアノで演奏するパフォーマーさんもいるし、蒸気船、昔の鉄道もあって、ディズニーランドは、無声映画の勉強にぴったりだなぁ〜と思っています。ウォルト・ディズニー自身が、「昔のアメリカ」が大好きだったこと、特に鉄道マニアだったそうです。フロリダの「ウォルト・ディズニー・ワールド」に行った時に、たしか「歴代のアメリカ大統領のアトラクション」があったなぁ〜と思って、YouTubeを探したらいろいろありました。
Opening Ceremonies 1984 Olympics
私は、高校3年生の時に、実家のテレビでみていました。アメリカの歴史を音楽で表現できるなんて!すごい!と感動しました。
話がそれるので引用欄に、別記事 アメリカのシアターオルガンについて リンクを貼っておきます。
南北戦争
『風と共に去りぬ』と「若草物語」は、それぞれ南北戦争のそれぞれの生活感の違いが現れているのかな〜と、参考に配信で再見しました。「将軍」のヒロインは、「南」のお嬢様なので、スカーレット・オハラ系の「お嬢様エピソード」が、本作の中でもでてきました。詳しくは、弁士の語りにご期待くださいませ。
音楽設定の手法について
映画音楽によせて
ニコニコ大会だと、なんとなく「ラグタイム」や「ストライド・ピアノ」技法ばかりを弾いているような印象があるのかもしれませんが、長尺、ストーリー重視のシチュエーションコメディ作品では、観客のみなさんが映画館でロードショーをご覧になられる時と比べて違和感がない程度には、映画音楽によせようと日々研究に勤しんでいます。
内外の音楽大学には、作曲学科とは別に、映画音楽学科、実用音楽学科など、映像に添えるための音楽づくりを専門に学ぶ機関があるそうです。私は、音大での専攻は、リトミックなので、作曲技法の授業は1年間のみでした。自分の楽団用に曲をかいたりはしますが、長尺の映画作品に、人物、キャラクターごとのテーマを設定していくような大きな構成を持つサウンドデザインは、毎回、必死に勉強して考えています。他の楽団、楽士さんの演奏など、大変参考にさせていただいています。また、参考資料としてお預かりするサウンド版のDVD映像には、昔のオーケストラトラックがついていたり、シネマピアニストをしていたとされる「ショスタコービッチ」だったりして??みたいな交響曲のスコアが書けるスキルを持った作曲家がピアノ1本で弾き切っている作品もありました。この交響曲っぽいサウンドデザインというのが、私の憧れです。主調がハ長調だとすると、悲しい場面ではメインテーマがハ短調になる。対立する悪役は、属調で。展開したり、発展したりが、音楽理論にはまっているような作品が弾けたら、かっこいいでしょうね〜。
テンションコードの制限
調性のコントロールにも、一応気をつけてはいます。今時は、転調が当たり前の曲がいっぱいありますが、主人公を表す主調は、展開しない限りは、一応守れるように配慮をしています。今作では、キートンはC、またはそのドミナント。北軍は、D調です。無声映画時代のピッチは440Hzなので、曲中の転調もさけています。そもそも440Hzがユニバーサルピッチに設定された理由については以下のリンク参照。セブンス、ナインスといったテンションコードは、これらの時代には、特定の用途に絞られていたと思われるので、ビートルズ以降のような、「息をするように使われるテンションコード」にならないように気をつけています。私は、ブラジル音楽が好きなので、気をつけていないと即興演奏が南国風になってしまうというのも留意をしている理由です。
和音の歴史などがわかりやすいおすすめの本 ロックンロール万才!! まんがロック史
シンセ音色について
ミシェル・ルグランをオマージュした10本ストリングスなど
私の演奏を何回か聴いてこられた音楽通の方なら「ミシェル・ルグラン」の影響を受けていることにお気づきだと思います。オーケストレーションは、ルグランになって10本指分のストリングスをあてています。それぞれのパート譜を作成してプレーヤーに演奏していただくのではなく、自分の指をプレーヤーに見立ててオケ演奏するのが、私はとても好きです。オケ音色も、いろんな種類があり、使い分けをしています。
ピアノ音色
ピアノ音色は、他作品では、無声映画時代ならではのビンテージ音色を使い分けているのですが、JUNO-DS61のフェイバリット機能の使い勝手上、今回は、ピアノ➕銃声、ピアノ➕爆撃、ピアノ➕大砲などのスピリット機能(右手、左手で別音色)をアサインしてしまったので、ピアノ音色と、ジラフピアノに似た音色(ビンテージ)のみです。
引用するクラシック音楽モチーフについて
シューベルトにあやまれ!
無声映画の後期作品なので、映画としての規模も大きいのでオーケストラによるクラシック作品のモチーフをたくさん使わせていただきました。まず最初に謝ります。キートンの属する南軍のテーマに、シューベルト作曲「軍隊行進曲」を使っているのですが、バラバラに随所に散りばめて何作品か分の仕事をさせてしまいました。
特に「occupation」職業は?と事務官が尋ねるシーンが最初のキートンの入隊志願時と、ラストシーンにあるのですが、そこは同じ俳優/役なので、一致させた方がいい!と思って、今作は、そこが出発点となって、あとから、他の部分は広げていきました。白黒フィルムでわかりづらいですが、軍服がクリーム色の兵隊たちです。
北軍のテーマ
紺色の兵服の方々は、こちら。その他のインサート曲もなるべくD調にして南北が聴き分けらえるように配慮をしたつもりです。
その他、北軍では、
グリーグ/「ペールギュント組曲:山の魔王の宮殿にて」
リスト/パガニーニによる大練習曲 第6番「主題と変奏」など、
弁士の説明にあわせていろいろD調移調ででてくると思います。
キートン個人キャラクターモチーフ
私は、キートン主演作品は、ほぼどの作品でも同じモチーフを使っています。ご贔屓のお客様なら、聴き覚えがあるかと思います。その他、ヒロインモチーフなどは、オリジナルですが、自分の曲なのでいろんな作品でも使いまわしているモチーフです。図々しいですが、私の頭の中では、楽士まりりん芸能事務所という感じで、いろいろラインナップが常にスタンバイしている感じでモチーフ管理をしています。今作では、本人そのものの描写場面と、「あ、良い事考えた」「なんだかなぁ」「どうしようかなぁ」などの表情がより冷たく感じるところで挿入しています。
キートンのまわりの行動モチーフ
ハイドン/交響曲第94番「驚愕」:第2楽章
ユリウス・アルノシュト・ヴィレーム・フチーク/剣闘士の入場
ポイントモチーフ
ホームタウン:ロッシーニ/セヴィリアの理髪師 「私は町のなんでも屋」
大砲:R.シュトラウス/ツァラトゥストラはかく語りき
雨:ショパン/前奏曲 作品28の15「雨だれ」
アンドリュース攻撃事件とヘッドライトのアイディア:ワーグナー/ニュルンベルクのマイスタージンガー
アナベルのテーマ
ヒロインのアナベルはトラベルメーカー 常識知らずのお嬢様ぶりを三度音程のパッセージをいろんなバリエーションで弾いています。三度音程同士は、平行で交わることはありません。即興で適当に弾いているので、調性やメロディは、その時によって変わります。
シュールなワルツ
オリジナルですが、トルコのバイオリニストCihat Aşkınの Waltz No. 2の影響を受けてつくりました。曲は似ないように気をつけましたが、私はこのような白人じゃない人がつくったようなワルツが大好物です。舞踏会という用途を持たない「ワルツ」って、虚無でシュールだなぁ。いったい何のため?誰のための舞踏会なの?と想像を掻き立てられます。
一応、想定している場所は以下ですが、弁士がシュールなことを言ったら、思わず、でてくるかもしれません。
「アナベルに叱責されたキートンがショボンと機関車の車輪に腰かけたまま上下に動かされなすがまま車庫に消えていく….。」
「南北戦線まっただなか。南軍スナイパーによって、バタバタと静かに倒されていく北軍兵士たち…。」
あとがき
キートンの作品には、犬や動物がでてくることが多いのですが、今作には、これといった動物がでてきません。私の想像ですが、もしかしたら、撮影隊の中には、和み役でワンちゃんたちはいたのかもしれませんね。キートンの愛犬もいたかもしれない。でも、戦場に犬がいたら、心が痛むので、あえて犬はでてこなかったのかもしれません。
私は、想像でしかわからないのですが、何故、キートンは、今作を「南軍」の立場からつくろうと思ったのかなぁ〜。「風とともに去りぬ」「若草物語」それぞれの立場を思い出しながら、考えました。ヒロインが、南軍サイドにいそうな人間像にしたかったからなのかなぁ〜。
楽士にもいろんなスタンスの方がいらっしゃって、たくさんの上映作品を抱えていらっしゃる人、これまで何十年も実績のある大御所の皆様など諸先輩ばかりです。
1回の上映で、何本かを担当させていただくので、年に数回ペースの楽士登板ですが、2016~2024で124本分を演奏させていただきました。ほとんどがノーリハ、一発勝負で弁士さんの説明を弾きながら初めて聞いて理解しています。
「まりさんは、演奏中、すごく楽しそう」
と、よく言われます。
当たり前です!
だって、はじめて内容を知るのですから!
英語字幕はグーグル翻訳しているので概要は理解していますが、弁士さんが紡ぎ出す心情などは、私も弾きながら、耳をダンボにして「へぇ〜」って、思いながら弾いています。
そんなわけで、ご来場のお客様とともに、私も「キートン将軍」を楽しみにしています。一緒に楽しんで笑いましょう!以上、楽士のつぶやき「キートン将軍」篇でした。最後までお読みいただきありがとうございました。