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噂の種(ショートショート)
「はっ、はっ、はっくしょん!」
くしゃみが出る前に、反射的に手で口を押さえた。押さえた手には感触がある。多分、鼻水ではない。
そっと手を広げると、そこには種があった。まただ。
僕は窓を開けると、庭に向かって種を投げ捨てた。
何もなく殺風景だった庭には、今ではたくさんの花が咲いている。
父さんが病死すると、後を追うように母さんも死んだ。親戚も親しい友人もいないから、僕は一人ぼっち。
僕
増え鬼(ショートショート)
「鬼だ! 鬼が来たぞ!」 村人が声を上げると、その場にいた全員が血相を変えて逃げ出した。
鬼は集団でやって来た。肌の色は真っ赤で、頭には二本のツノが生えている。
「父さん! 俺だよ、アキラだよ!」
「ダメよ近づいちゃ! もう父さんではないのよ! お願いだから戻って来て!」
必死に訴えかける母親。しかし、子どもは父さんと呼ぶ鬼に近づいた。
「う……うおぉぉぉぉぉ!」
子どもは鬼にタッチされると
紙が飛ぶ村(ショートショート)
僕は訳あって、ばあちゃんちに住むことになった。
ばあちゃんちはとっても田舎。バスを何度も乗り継いで山奥まで行くと、目的地のバス停に着いた。バスを降りると、ばあちゃんが出迎えてくれた。
「よく来てくれたねぇ、きょうちゃん。立ち話もなんだし、さっそくばあちゃんちに行くよ」
僕はばあちゃんに手を引かれると、草や木が生い茂る、獣道みたいなデコボコ道を歩いて行く。やがて視界が開けてくると、あたり一面に
塩対応(ショートショート)
「生きることはつらいこと。だから、早く死んだほうがいい」
誰が言ったか知らないけど、この思想が広まると、老いを進ませるために、一日一回お風呂に入るような感覚で、塩に浸かるようになった。
塩に浸かると、身体から水分が出る。これを毎日繰り返すことにより、子どもと大人はシワだらけの老人みたいになる。そもそも、老人なんて存在しない。老人になる前に、みんな死ぬのだから。
兄さんは「こんなの間違ってる!
家猫の住み方(ショートショート)
「今日から新しい家族だ」
金曜の夜、パパが猫を抱えて帰って来た。
「あらやだ、連れてくる前に相談してくれればよかったのに」
言葉とは裏腹に、ママはとても嬉しそう。僕もペットが欲しかったから、猫は大歓迎。
猫は三毛猫で、気まぐれでマイペース。俗に言う、猫らしい猫だ。
最初のうちは、散歩に出てなかなか帰って来ないことがあった。そのたびに探しに行くのだけど、いつもひょっこり帰って来る。
一家の大黒柱(ショートショート)
長方形の棺桶が家に運び込まれる。棺桶が開くと、父さんはその中に入り、母さんと最後の言葉を交わす。母さんが涙ぐみ離れていくと、今度は兄さんが呼ばれ、父さんと最後の言葉を交わす。兄さんが険しい表情を浮かべ離れていくと、最後に僕が呼ばれた。
「お前はいずれ、この家を支えなければならない。幼いお前には、まだ意味がわからないと思うが、これだけは言っておく。父さんがこの家を支えている間は、お前は安心してそ
サクラサク(ショートショート)
三月下旬、桜が咲いた。
花びらの中には人がいる。
彼ら、あるいは彼女らは、目を瞑り、体育座りをして、そのときが来るのを待っている。
黒い法被を着た男がやってきた。
「女のサクラを一体もらおうか」
「はいよぉ! 今用意しますんで、少々お待ち!」
商人は意気揚々と花びらに手を入れ、慣れた手つきで私を取り出した。
眠りから覚めた私は、太陽の光を浴び、身体が大きくなる。そして、成人女性の身長くらいになる