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アンジー。tríocha a dó


見学者用の送迎バスに乗り込んだ。
ルアンと来たことがある競走馬育成の牧場。二人で二時間かけて歩いてきた思い出がよみがえってくる。景色はほとんど変わっていない。
急に動いた馬にびっくりして僕の腕にしがみついてきたルー。その時のルーの髪の匂いが鼻先をかすめたような気がした。
同じバスで来た人たちは次の観光地に行くようだ。僕は手をあげて軽く挨拶をしてから牧場近くのペンションに向かった。
庭にあるバラのアーチには見覚えがあるけど全体のイメージが違って見える。
勢いよく入口のドアが開いた。
男の子と犬が出てきた。犬のほうが先に僕に走りより足下にしゃがんでしっぼを振ってる。
大丈夫。大丈夫。僕はもう犬は怖くない。大丈夫。大丈夫。
ごめんなさい。ご予約のお客様ですか?パパ!予約のお客さんが来たよー。
開いたドアから音楽が流れていた。アンジーの、僕の好きな曲のひとつだった。これ、生の声だよな。
パパー?
歌声がやんだ。
いらっしゃいませ。
男の子の後ろに人が立った。
その人の笑顔が固まって眼鏡の向こうの目が丸く大きくなった。
セジュ?
ルー。
行ってくるねー。
犬と一緒に走っていくその声を聞いて、ルーと僕は同時に大きく息を吐いた。
さあ入って。荷物は?
中はまるで洒落たインテリアショップみたいで庭の造りとは雰囲気がずいぶん違う。
適当に座ってて。今紅茶入れるね。
ルーは手を伸ばせば届くところで、落ち着いた様子で紅茶を入れている。ただそれだけなのにどうしてこの人は僕の心をこんなに痛くさせるんだろう。
久しぶりだね。何年ぶりかなあ。
七年?八年?
そんなになる?元気にしてた?
うん、まあ、ルーも元気そうでよかった。
ルー?ママ以外にルーって呼ばれるの初めてかも。
そう?なんかごめん。お母さんは元気?
うん、元気だよ。ありがとう。たまにここの手伝いにきてくれるの。
さっきの子は?パパって呼んでたのはルーのことだよね?ルーは結婚してるの?奥さんは?ルーはどうしてここにいるの、ここで働いてるの?
落ち着いてセジュ、まあ紅茶をひとくち飲んでよ、ね?




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