The WHO−人を理解する基礎 伊東正明氏
本投稿は、アドテック2019にてご登壇者様が各セッションにてプレゼンテーションされた内容の議事録です。議事録の目的は「当日参加が叶わなかった方々も、内容について解釈の余地なく理解できること」を目指しています。
したがって、文字起こしに近い形で記載しておりサマリではございません。また、スライドの記載内容や前後の話の文脈を踏まえ、登壇者様の意図からずれない範囲で、筆者による言葉の言い換えや意訳等を若干含んでおります。
伊東正明氏プロフィール
P&Gにてジョイ、アリエールなどのブランド再生や、グローバルファブリーズチームのマーケティング責任者をアメリカ・スイスにて担当。ヴァイスプレジデントとしてアジアパシフィックのホームケア、オーラルケア事業責任者、e-business責任者を歴任。2018年1月より独立、ビジネスコンサルタント。また、吉野屋 常務取締役も務めている。
冒頭トーク
マーケティングの話をするのならば、まずはお客様・人の話をしないわけにはいかないだろう、ということでこちらのセッションを私が担当させていただくことになりました。よろしくお願いいたします。
人間の脳と意思決定を理解する
マーケティングとは、ブランドに対する生活者の知覚(認識)の管理である。
マーケティング活動を端的に説明すると、
・カテゴリやブランドについて、
・なんとも思ってない人 or 買いたくないと思っている人に、
・買いたいと思ってもらう。
これだけなんですね。
つまり、すべて人の脳の中でおきていることですね。感動したとか、胸が熱くなったとか、そういった表現もありますが全て脳の中でおきていることです。人間の脳について知ることが、マーケティングの鍵です。
<脳について>
体重の約2%の重さで、1日のエネルギーの20%を消費すると言われています。
五感から入ってくる刺激をどう処理するか。これを考えることにエネルギーを費やしているんですね。
体重に対して消費量が多いため、人間の生存活動上、脳は使いたがらない。情報のインプットは出来るだけ避けたいというのが基本。
同様の理由で、意思決定も論理的より直感的に行われる。
人間の脳を理解する1:意思決定の種類 オートパイロットとパイロット
「オートパイロットモード」
・Auto Select:習慣化され購入するものが決まっていること
・Auto De-Select:無視されているもの。見たけど記憶しないもの。
→我々の広告活動のほぼすべては、残念ながらコレ。
「パイロットモード」
・Receptive Moment:情報を仕入れようとしている状態、何を購入しようかと考えている状態のこと
→つまり、このパイロットモード=広告受容性が高い時を捉えられる方が投資効率がいい。しかし、この広告受容が高まる瞬間を発見するのが難しい。
マーケティングの仕事①
「生活者理解を通して、広告受容性がいつ高まるかを考えること」
1. いつ or どこで
2. どんな状況下に置かれると
3. 何を言われると
広告受容性が高まるのかを考える
人間の脳を理解する2:人は忘却する生き物
記憶は引き出しに例えられる。情報を整理するための引き出しですね。
どこの引き出しに入れるかわからなかった場合、その情報は忘れられてしまいます。
したがって、ブランドからのメッセージは、この引き出しに入れてください(引き出しの種類)とセットでないと忘れ去られる運命にあります。
<引き出しの理解を深める−ブランド認知とブランド想起>
認知という言葉があります。
マーケティング宗教というものがあるとすれば (笑)、私はブランド連想信者でブランド認知はどうでもいと考えている宗派です。試してみましょう。
<質問です>
Q1.ランチの手段として、吉野家というブランドを知ってますか?
(会場のほぼ100%が手をあげる)
Q2.昨日または一昨日、お昼ご飯に吉野家食べた人?
(挙手は数名に)
みなさんどうしたんですか。(笑) さっき手を挙げた方はどこにいかれたのですか。(笑)
つまり、認知されていても買ってくれるとは限らないという好例ですね。
では一方で、想起とは何か。
引き出し(=特定のカテゴリでの記憶)の中から、ブランドをすぐに出せる状態にあることを指します。ランチという引き出しの中で、5本の選択肢に入っているということですね。
どれだけ認知があろうと、つまり引き出しの中に入っていようと、想起がないとそもそも選ばれないんですよ。
なので、購入という点において、多くのカテゴリでも恐らくブランド想起の方が圧倒的に効果的です。
マーケティングの仕事②
「ブランド想起をどう上げていくか・引き出しの中の選択肢に入れるかを考えること」
認知が目的です、と社内で出てきたら全力で止めてください。購入につながらないのでお金の無駄になる可能性が高いです。
人間の脳と意思決定から紐解く、あなたのブランドを買わない3つの理由
この引き出し理論を使うと、ブランドが購入されない理由を紐解く事ができます。
1.引き出しがない:カテゴリを必要と思っていない
例)男性にとっての生理用品、女性にとっての髭剃り etc...
「市場創造が必要」
・買う理由をつくる(引き出しをつくる)
・間接競合から取る(現存する引き出し(=別カテゴリ) の代替品として購入させる)
ちなみに、消臭剤/置き型芳香剤・ファブリーズはまさにこれに当てはまるカテゴリ・ブランドでした。
ファブリーズというブランドの、世界全体の元トップの私が断言しますが、人々の生活にファブリーズは必要ありません。(笑)
そういうカテゴリだとわかっていたから、市場創造を行ったんです。使う理由を説明し買う理由をつくったんです。
2.引き出しを開けない:無いままでも困らない、必然性が弱い
例)置き型芳香剤のように買い忘れが起きやすいカテゴリ
「カテゴリ使用・ブランド使用のリコールが必要」
・使用させるためのコミュニケーションを与え続けることで、買い忘れ防止につながる(次の買い物リストに入る)
ちなみに、あらゆるカテゴリ・ブランドが購買されない理由のほとんどがコレ。
ファブリーズはP&Gの中でTOP4の金額感でTVCMを実施しています。なぜかというと、今自宅にある商品を使わせて「そろそろ無くなりそう。(だから買っておかなきゃ)」って思わせたいんです。
3.引き出しの手前にない:他より「いい・役立つ」と思われていない
最後のこれはマーケティングの世界で最も語られる、自分のブランドを選んでもらえるかという視点です。
「競合優位性を確立する戦略が必要」
これは次の音部さんのセッションだったり、別の学習機会などを通して考えていただければと思います。
「圧倒的な露出量でも可」
悲しいかな、暴力的な露出量があると役に立つ立たない関係なく、選ばれやすい状態になります。
・店頭での陳列量
・広告露出量
※4.店頭理由:引き出しの問題ではない
「インサイト以外の別の取り組みが必要」
・店頭での見つけやすさ
・キャンペーンなどによる一時的な価格差
マーケティングの仕事③
「カテゴリとブランドの状況を踏まえ、1〜3のどれが問題になっているかを見定めること。」(生活者の頭の中の状態だけにフォーカスした場合、1〜3のどれかに必ず当てはまる)
その問題に対してピンポイントでコミュニケーションできれば、カテゴリやブランドの成長に繋がる
<失敗事例 ファブリーズVSリセッシュ>
カテゴリの状況として1番の市場創造が必要であったが、競合の登場で3番の競合優位性を打ち出すコミュニケーションを実施。結果、カテゴリの市場規模そのものが縮小してしまった。使わないものに良い悪いのコミュニケーションをしても意味がないというラーニング。
(詳細は、こちらの記事にある内容ですのでご参照ください。)
マーケティングへの示唆:インサイトとその注意点
1~3のどれかの問題に対してピンポイントなコミュニケーション設計ができたとしても、広告受容性が低いオートパイロット状態が普通。なので、広告受容性を高めるために必要なのがインサイトです。
<インサイトについて:3つの種類>
1.カテゴリ需要に対するインサイト
いらないものが欲しいと思うようになること。
ファブリーズのように、生活者にとってそもそもカテゴリ使用に必然性がないものであれば、ニーズそのもの=市場そのものを作る。
カテゴリニーズがあるのに自分のブランドが選ばれていないのであれば、自分のブランドを選びたくなる状況そのものを作る。
("市場創造"や"自分のブランドを選びたくなる状況を作る"のフレームワークに関しては、伊東さんの師匠である音部さんのこちらの記事を参照ください)
2.受容性が高まるインサイト
カテゴリが欲しくなる瞬間、必要になる状況はなにか(ジョブ)、
・時間
・場所
・状況
などを考える。
例)車の消臭剤
・子どもがファーストフードを社内で食べて匂いが気になる
・朝出勤の時、車の中が臭いとテンションが下がる
・洗車をして外側は綺麗になったけど、中が気になる
・他人が自分の車に乗る時(特に喫煙者)
3.クリエイティブインサイト
上手いこと言ったねという企画の話。ほとんど気にしなくて良い。種類としてコレもあるんだなと覚えておく程度で問題なし。
<インサイトの定義>
あくまで私の定義ですが、閉ざされた「頭と心のトビラ」を開く鍵と解釈してます。
オートパイロット状態の人は、情報を無視・考えたくない状況にいるのでトビラが閉じている。だけどそこに鍵・インサイトがあれば、トビラを開けてパイロット状態にすることができる。
トビラが開いた人に、こんなのどうですかと提案する。
<いいインサイト>
下記のように言ってくれる人が多ければ多いほど売れます。
1. 「言われてみればなるほど」
2. 「ハッとした」
3. 「なんとなく気になる」
この3つのどれかを生活者から聞けたら、いいインサイトである可能性が高い。
<いいインサイトを捉えるために>
1. 「一般的な肌感、常識を知ること」
マーケティング活動を考える際には、“少し違う”ことが肝です。競合と同じことをやっても勝利は得られないためです。“違う”ためには、まずは普通を知っている必要があるますね。その普通を超えるときの考え方は、非常識でokです。
・普通ならどう思ってるかなと考えはじめ、
・"違う"ためにどんなインサイトになるかなと観察し、
・多くの人が「言われてみればなるほど」と言ってくれたからGO
という順番です。
2. 「人間の根源的な欲求に立脚していること」
参考:欲望マンダラート
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000025221.html
人間には根源的な欲求というものがあります。これに立脚しているインサイトを見つけられると、購入される可能性は飛躍的に高まります。
<ニーズとインサイトの注意点>
インサイトは「言われてみたらなるほど」というものでした。ということは、生活者に直接聞いてもわからないんですね。
マーケターの人たちが見つけられるかどうかは、その人の腕次第です。機械的に発見できるものではないということをご理解ください。
マーケティングに関する勉強とインサイト発見の訓練を続けることによって、確率が上がっていくものです。
いいインサイトを捉えられると、今まで買おうと思っていなかったものを買うようになります。
買おうと思ってなかったものが買われるようになるので、結果的に市場シェアが変わります。つまり市場変革が起きるんですね。
市場変革にはインサイトが必要なんです。(あるいは、大きな技術変革やイノベーションが、これまでの市場のルールを破壊するか)
<ニーズとインサイトの注意点:よくある失敗>
こちらは、原田泳幸さんというマクドナルドの元社長の方が書かれた本にあった内容です。新規ユーザーの獲得ができなくなってきたため、ノンユーザーに「買わない理由」をインタビューして商品開発をしたそうです。(下記写真の「ニーズ」)
このエピソードは、原田さんの数少ない失敗のうち、大失敗と言われている内容です。商品を買っていない人に「買わない理由」をヒアリングするというのは、もしかすると皆さんが日常的にされていることとなんら違いはないかもしれません。
では何が失敗なのか。それは、
買わない理由を聞いても、正しい答えは出てこないということです。
生活者の正しい答えは、「(買うことを) 考えてもいなかった。」「(買う理由が) 思いつかなかった。」なんですね。
この失敗を踏まえ原田さんは、マクドナルドをよく利用してくれているお客様に「買っている理由」を聞いて、改めて商品開発を実施しました。(上記写真のインサイト)結果、見事に成功を収めた。
またマーケティング宗教の話になりますが(笑)、私の宗教では「買わない理由」を聞くことは完全NGです。
「買わない理由」を聞いてうまくいく方もいらっしゃるので、正しい正しくないの話ではなく、どちらを信じるかという話なので悪しからず。
私の経験上、「買っている理由」そして「競合を利用している理由」を聞く方が、本音・インサイトが出やすいのでこちらを推奨しています。
「買わない理由」を潰しても、「買う理由」には必ずしもならないということですね。
インサイトをどうやって見つける?
問題は、そのインサイトを見つけるのが難しいということですね。先述の通り経験値がかなり必要なものになってくる。
なので、僕の経験してきたことをお話しするので、似たようなことを実行したらインサイトの発見ができるようになるかもしれません。それをぜひ持ち帰っていただければと思います。
<アリエール時代(入社配属してから3年半)の経験>
・ 質的調査(インタビュー)
主婦870〜900名にカテゴリ使用についてヒアリング
・お宅訪問調査
120件
3年半でこれだけの生活者に会い、カテゴリ商品が使用される現場を目にしてきました。結果、自宅に入るとその家庭がどの洗剤を使ってるかがわかるようになりました。
時間(忙しい)やお金(調査予算がない)は正直言い訳にすぎない。その言い訳が出てきてしまうとうことは、インサイト発見に対してその程度の重要性の認識なのだと思います。
ECサイトで口コミを見たり、クレームが来たらその人にDMを送ってヒアリングさせてくださいと打診したり、週末にターゲットとなる友人をランチやカフェに誘って話を聞くことはできるわけです。
(時間やお金がなかった) 私の部下たちもそういったことを実行して、生活者が何を求めているか圧倒的に理解できるようになりましたと言っていました。
時間やお金の優先度を決めながら、考え方を変えたりやり方を変えたりして、どうすれば出来るかをぜひ考えてください。
<調査の極意>
1. 生活者の価値観=自分をどうみられたいか知ること
例)
・主婦としてしっかりした人間としてみられたい
・女性としてきれいな私でいたい
服装、靴、カバン、メイク、髪型等に現れやすい。
2. ブランドが参入しているカテゴリの、その周辺事項は生活者にとってどんな意味・重要性があり、どんな価値観を持っているのかを知ること
例)洗濯用洗剤カテゴリなら、家事という周辺事項
・家族構成
・掃除状況
・たんすの中
・冷蔵庫の中
・玄関
広告受容性 Receptivityとメディアプラン
私が最も尊敬するブランド花王さんのアタックです。アタックを倒せるのか、やっぱり無理なのかそれを繰り返した20年間でした。(笑)
そんなアタックが最近行った有名な広告についてです。
ターゲットは明らかに若い主婦層を狙っています。発売当初1週間、渋谷ハチ公前の街頭広告を行なっていました。
前提としてこの場所は、20代から35歳ぐらいまでの女性が、街頭広告の中では日本で最も接触する場所です。つまり、最もターゲット接触数が多いメディアということですね。
さて、この広告は広告受容性という点から見たとき、成功したといえるでしょうか。
僕は、この広告は全く効果はなかったと考えています。いうまでもなく、本来の目的は不明なので正しい結論はお伝え出来ませんし、SNSの拡散などの目的には一定の効果はあったと思います。しかし、広告受容性の先にある購買という目的に対しては効果的ではないと思います。
なぜかというと。
このターゲットの方達が渋谷にいるとき、つまり自分が一番ハレの状態の時に、好きでもない洗濯に関する広告、その受容性は高いでしょうか。
その他の例)学資保険
ターゲットはお父さんです。お父さんが最も集まる居酒屋やキャバクラに、「学資保険に入ろう」のような広告を出しても意味はないですよね。
すなわち、ターゲットが集まるメディアだからと言って、コミュニケーションの受容性が高いわけではないと言うことです。
メディアの方々はターゲット含有数の話をよくしますが、Receptiveかどうか受容性が高いかどうかの方が重要です。マーケターのみなさんは、ぜひその瞬間がどんな時か、考えてみてください。
まとめ
まず脳の話をしました。脳は怠け者で基本はオートパイロットの状態です。情報を受け付けない状態ですね。パイロット状態を見つけるのが、Receptive Moment=受容性でした。
そして、脳の記憶には引き出しの有無がある。引き出しがなかったり、どこの引き出しに入れていいかわからない情報は忘れられてしまう。引き出しがある場合は、その引き出しからブランドはすぐ出てくるのかどうか、ブランド連想が大事と言う話をしました。
お客様理解には、そのカテゴリ商品のことだけではなくて周辺事項を観察していきましょう。また、「買わない理由」を聞いてもウソしか出てこないから注意という内容でした。
短い時間だったので駆け足でしたが、僕からのお話はこんな中身でした。
次は私の師匠である音部さんの「戦略の基本」ですので、そちらもぜひ聞いてみてください。
それでは、ありがとうございました。
(音部さんセッションはこちら)