2024年上半期のベスト本 -思考の基盤を持つこと-
2024年上半期は63冊の本を読んだ。なるべく空いた時間に本を読み進めることを意識したためか、想像以上に読書していたことに自分自身が驚いた。今回もジャンルごとに良かった本を紹介していきたい。
評論
『映画を早送りで観る人たち』(稲田 豊史)
一時期「ファスト映画」という言葉が流行ったし、この本を読まなくても結論はある程度想定できるかもしれないが、重要なのはそこではない。本書中の「評論はその人の個性が最も如実に現れるもの」という主張こそが、「評論を読まなくても結論は明白だ」という思い込みを鋭く糾弾するものである、ということだ。ちなみに私は、映画を飛ばしながら鑑賞することを、作者に対する冒涜だと思っている。人間同士の生々しさや自然の美しさなど、物語のプロットに含まれない要素には見逃せないものがたくさん詰まっているから。
ビジネス書
『ハイパフォーマー思考』(増子 裕介・増村 岳史)
「時代によって要求される種類が変わる知識よりも、揺るがない知的体力を身に着けよ」と主張する書籍。「まずやってみて自分の戦うフィールドがここだとわかってから、それに必要な知識を身に着けていく」という順序は、私も正しいと思う。この知的体力を身につけるためには、何でもやってみようという旺盛な好奇心や、過去の知識・経験を有機的に結びつけていくコンセプチュアルな思考が欠かせないと思う。
実用書
『トリーズ(TRIZ)の発明原理40』(高木 芳徳)
問題解決プロセスを一般化して、エッセンスを40種類に分類したもの。私の感覚では、3C, 4P, PEST 等の MECE のフレームワークの1つとして考えてよいのではないかと思う。技術的な問題の解決を指向したものであるから、特に研究の場で使えないかと思っている。いつか合成生物学をトリーズの文脈で捉え直し、思考を深める機会が作れたら良いなと思っている。
小説
『夜が明ける』(西 加奈子)
小説は選出に悩む。良質な小説は全て紹介したいくらいだが、あえて1冊絞るならこの本だと思う(次点は『こちらあみ子』『ハーモニー』『ここはすべての夜明けまえ』)。人ごとだと思っていた社会問題は、いつか自分にも降り掛かってくる。自分が社会問題の一端に加担しているかもしれない。その意識で生活することが、共同体に属する人間としての使命ではなかろうか。
専門書
『Docker&仮想サーバー完全入門』(リブロワークス)
学生時代からずっとウェットの研究者として過ごしてきていたが、社会人も中堅に差し掛かり始め、自分から手を上げてドライの部分にも介入し始め、本格的に今年からウェットかつドライの研究者として過ごしていくことになった。あくまでバイオ系研究者なので、PythonやR、たまにMATLABのパッケージを使いこなしていくことが主業務だと考えていたが、最初の業務はDockerの環境構築だった。知ったときからQiitaやテックブログを漁って勉強しようとしたが、いまいちイメージが掴めずやきもきしていた。そこで彗星のごとく現れたのが本書である。Dockerを用いてコンテナがどのように構築され動作するのか、そのイメージを膨らませる上で非常に参考になった。文章よりも図示が中心であることも理解の手助けになる。
画集
『名も無い街は、空想とともに』(日下 明)
元々画集や写真集を鑑賞する習慣はなかったのだが、昨年のクリスマスに妻から本作品をプレゼントしてもらったことが契機となった。風呂を浴びて就寝するまでの空き時間でぼーっと眺め続けているうちに、気づけばその世界観に取り憑かれてしまった。月や星座を一つの所有物として人間が所持している不思議。複数の世界が共存し、その境目もあやふやになっていく曖昧さ。「デザインは問題解決、アートは問題提起」というジョン・マエダ氏の言葉の意味がようやく腑に落ちた。それから不定期に画集や写真集を眺めるようにしている。自分の感性を揺さぶってくれた妻には感謝してもしきれない。
終わりに
仕事での担当業務が実験系から計算系へ大きく変わり、その勉強の一環として専門書を読むことが多くなった。また、チームを牽引するリーダー的な立ち位置も任されるようになり、リーダー論を学ぶべくビジネス書の読書量も増えている気がする。一方で、小説や画集からしか得られない栄養があるのは揺るがないと思えた。多くのジャンルに跨りながら、決して特定のジャンルにこだわらない読書に、今年の上半期からも意識して取り組んでみたい。