【合成生物学への道 #3】生き物の設計図
本シリーズでは、合成生物学を「生物の中で論理回路を組み立てる学問」と称してきた。目的の生物を形作るために、あれこれと組み立てては壊す取り組みは、なんだか幼い頃の工作みたいで童心に帰る心地もするのだが、生物の論理回路の"素子"はかなり厄介で、機械のように言うことを必ず守ってくれるモノではない。おそらく素子の繋ぎ方を少しでも間違えれば、生物として機能することはできないだろう。
何かを作る時に必要なものが完成図=設計図だろう。最終的な姿をイメージできるからこそ、それに向かって我々はモノを作っていく。与えられたパーツを元に自由自在に組み立てていくレゴブロックも楽しいが、複雑でも組立手順が精巧に構成されているプラモデルも、我々を魅了してきた。では、生物を設計する上で必要な設計図はどのようにして作るのであろうか? 今回はその一端を少し覗いてみたい。
生物は大都会の交通網だ
生物の中で起こっている現象をミクロな視点で観察してみると、複数の現象が絡まり合って起きている。ここでは、無生物と比べた時に生物で特徴的な現象に着目したい。構成するパーツが秒単位で変化していく現象、すなわち代謝だ。我々は炭水化物やタンパク質、脂肪を摂取した後、それぞれ糖、アミノ酸、脂肪酸・グリセリンに変換され、それらも更に様々な物質へと形を変えて、複雑な身体を形成している。この代謝を表現することができれば、生物の設計図を描けるのではなかろうか?
生物内で起きる代謝は以下のように地図のような形で表すことができる。これを代謝マップと呼ぶ。図を見ると、中心部に巨大すぎるラウンドアバウトがあって、そこから様々な交通路が分かれ出るような大都市の交通網のようである。東京23区に投影してみるならば、ラウンドアバウトはJR山手線で、図中を横に走るJR中央・総武線のような経路も見つかるだろう。
ただ、これでは情報が多すぎて理解に苦しむかもしれない。余計な情報を削ぎ落とした代謝マップが以下の通りである。
先程の図よりも引いて見た図になっており、逆に情報量が増えたように思えるが、文字の情報はなく、図形のみが描かれている。これは頂点(ノード)と辺(エッジ)を多数含むグラフと言える。いわゆる我々がパッと頭に浮かぶグラフではなく、数学の一分野である「グラフ理論」のグラフである。
以上から、生物の中心をなす代謝は、数学的にグラフの形で表現することができる、と言えるだろう。
そうめんをたくさん食べるには?
実はこの代謝マップが手元にあれば、生物の代謝を設計することが可能になる。生物が摂取する原料を起点、生物が作りだす物質を終点とした時、代謝マップ上で最短経路を結ぶように代謝を設計できればよいはずだ。具体的には、ⅰ)経路から別経路へ湧き出てしまう経路を強制停止する素子を組み込んだり、ⅱ)経路自体を強化するような素子を組み込んだりして、生成物の量を高めることができるだろう。
これは、流しそうめんをイメージするとわかりやすいかもしれない。いわゆる一般的な流しそうめんではなく、途中途中で竹が複数に枝分かれしている様子を想像し(少々気持ち悪いが……)、読者は竹の最下流でそうめんを待っていると思ってもらいたい。たぶんこのままでは、読者はそうめんを食べられないだろう。なぜなら、余計な竹へそうめんが流れ出てしまうからだ。そう思ったら、余計な竹を剪断するだろう。これがⅰ)「経路から別経路へ湧き出てしまう経路を強制停止する素子を組み込む」ことと等価だ。
一方で、竹を剪断するのは結構面倒だろう。そんなときは、そもそもの竹の傾きをもっと急にしてやればよい。これはⅱ)「経路自体を強化するような素子を組み込む」ことと等価だ。やりようはいくらでもある。
終わりに
なるべく分かりやすさを重視するために、かなり大雑把な議論を展開したが、現実はそう簡単ではない。まず、代謝マップが既知でないことの方が多く、代謝マップを知ることから始めなければならないことが多いのだ。そして、代謝マップを仮に理解できたとして、原料と生産物の最短経路を結ぶことが必ずしも最適解とは限らない。ここには様々な考え方や計算手法があり、一口に説明するのは難しいのだが、いつか機会があれば語りたい。