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【今日コレ受けvol.093】シャッターの奥の名店

7時に更新、24時間で消えてしまうショートエッセイ「CORECOLOR編集長 さとゆみの今日もコレカラ」。これを読んで、「朝ドラ受け」のようにそれぞれが自由に書くマガジン【今日コレ受け】に参加しています。


シャッターの閉まった店のなかで、ご馳走を食べたことがあるだろうか。

昨日、大阪在住ながらワケあって、難波のホテルに泊まった。チェックインするなり缶詰めで原稿を書いていたのだけど、「ごはんくらいは外で」と思い立ち、スマホの地図アプリに晩御飯、と打ち込んだ。

そこで上がってきたなかで目についたのが、シャッターの閉まった店の写真だ。閉まっているから、どんな店か全く分からない。でも口コミを見ると、頭に「自分が書き込んだ口コミを見て、行きたいという人がまた現れたから連れて行った」といった内容の書き込みがあった。

口コミを見て次々に行きたい人が現れる……? 
「これはいい店に違いない」とピンと来た。直感だ。次々に行きたい人が現れたという、元の口コミをあえて追わず、すぐに予約した。


かくして夜になり、期待に胸を膨らませて向かったのだけれど……そこにあったのは普通の居酒屋だ。トタンの屋根に木造りの壁。大正のような味わいのある、けれどまあ、普通の居酒屋。

今日はシャッター開いてたんかな?
そう思いつつ暖簾をくぐって名前を告げると、「隣へどうぞ」と外へ案内された。

いや、隣に店なんかなかったはず……?
そう思ってついて行くと、あの閉まっているシャッターが目の前に現れた。
シャッターの前には何故かイスとバイク。
離れ、というか、もしかしたら以前は倉庫だったところだろうか。

そこに、お一人様や常連が静かに飲むための、6席だけのカウンターが設えらえていたのだ。
シャッターは閉めたままで。

席に着くなり大将が、「この店はじめてなら1000円セットがええよ」と教えてくれる。どうやらこの店を理解するのに、いいセットらしい。
「それと生ビール」と注文した。

大将はおしゃべり好きで、料理を待つ間、とめどなく話してくれる。

この店は以前はもっと「治安の悪い」地域にあったこと。これまでヤクザまがいの客がきたら、椅子ごと蹴り出してきたこと。でも最近の風潮的に、それをやると「~ハラ」と叩かれるんじゃないかと悩んでいること、などなど。

驚いたのだが、そんな話好きの大将はほとんど歯がないらしい。毎日勤務中に味見してお酒を飲んで寝落ち……を繰り返していたら、ぽろぽろ抜けていったそうだ。
「トウモロコシの粒みたいやったで。歯みがきが大切ってよう分かったわ」
と、歯のない口を開いてニカッと笑う。

その潔さがカッコいい。
歯がなくてもおしゃべりは全くよどみなく、とにかく「楽しませよう」という姿勢が全開だ。先客のお一人様も巻き込んで、ホカホカした雰囲気が店を満たしていた。


そしていよいよ、くだんの1000円セットが到着しはじめる。まずは、おしゃべりしながらも、大将がスイスイと包丁を入れてくれた刺身。サーモン、ハマチ、カンパチ、マグロまで。
お世辞抜きで、めちゃくちゃうまい。新鮮ならではのモチモチとした食感とほの甘さに、ニマニマ頬が緩んでしまう。

続いてやってきたのは小鉢……いや大鉢のおかずたちだ。土手煮、ポテサラ、サーモンのマリネ、ほうれん草と薄あげのたいたん。居酒屋ながら、どれも濃すぎずやさしい味わいだった。

ポテサラに添えられたトマトがやけに美味しい、と思ったら、なんと大将、自分で無農薬農業をするほど野菜にこだわっているそうだ。
(尋ねてないけど教えてくれた)

さらに、ダメ押しで春巻きが登場!  
とろとろのあんに海老がゴロゴロ入っていて、これまたうまい。

結構おなかが膨れたけれど、野菜のこだわりを聞いたのと、もう少し大将の話を聞きたくて、アスパラ焼きを注文した。

するとそこから次々に、お一人様の常連さんがやってきた。みんな慣れた口調で1000円セットを頼むのだけど、よく見ると一人一人、お刺身と、春巻きに当たる皿が違う。

刺身がずらーっと9種類並んだ右隣のおじいさんは、お造り好きな超常連さんらしい。左隣のおじさんは、春巻きではなく野菜の焼きもの。ヘルシー志向なんだろうか。

大将は常連さんとの会話に夢中になったので、そんな料理を眺めながら、ビールをちびちび飲んだ。アスパラはオーダーがスタッフの方に忘れられていて30分来なかったけれど、いい時間だった。


ちなみに大将が遅れたからと気を使ってくだり、会計は2,000円ぽっきり。安すぎる! 
御礼も兼ねて、また近々いかなければ。

帰りしな、「1ヵ月以内に来たらたぶん顔覚えてるで。覚えてる人は、どんどん1000円セットの内容を変えるから」と大将。

いつかあの9種盛りの刺身を……。
欲望にまみれた想像をしながら、「ありがとう」と言って身体をかがめ、腰より低い位置まで下がったシャッターをくぐった。

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