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【今日コレ受けvol.076】地獄の門を考える
朝7時に更新、24時間で消えてしまうショートエッセイ「CORECOLOR編集長 さとゆみの今日もコレカラ」。これを読んで、「朝ドラ受け」のようにそれぞれが自由に書くマガジン【今日コレ受け】に参加しています。
びっくりするぐらい、できることと、できないことがある。自慢じゃないが、事務能力はポンコツだ。目の前の原稿で頭が占領されて、ほかがおろそかになることも多い。
継続するのも、決して得意なほうじゃない。
例えばダイエット。
いやもう、清々しいくらい三日坊主。
このnoteが続けられているのはなぜだろう。
「今日コレ受け」を一緒に続けている仲間の存在も、とても大きい。
でも今の一番はきっと、「続ける」ではなく「止めない」という意志があるからかもしれない。
止めないのは、「文章がうまくなりたい」と切実に思ってもがいているから。それから、書くことで物事を深く考えられると知ったからだ。
起こった出来事を、感情を、じっくりと観察できる。そして、思ってもみなかった気づきを得られる。この一連の流れが、大切な気がしている。
溜まったnoteは、いつか思考のログのような存在になるのではないか。ログが溜まったらどうなのかは、まだ見えないけれど。
考えるといえば、ふと、オーギュスト・ロダンが制作したブロンズ像『考える人』が浮かんだ。
あの人は一体、何を考えているのだろう。
調べてみると『考える人』は、1917年にロダンがフランスの美術館建造に合わせて依頼された作品、『地獄の門』の一部が原型だそうだ。
詩人 ダンテの叙事詩『神曲 地獄篇』をモチーフにした作品で、そのなかの『考える人』は、地獄に堕ちていく人々を上から眺めている。
一度通ると、二度と現世に戻ることができない地獄への入り口。一説によるとロダンは、その世界観に思いを巡らせる人物像として、門の上に『考える人』を配置したのだとか。
つまり、地獄について考えるロダン自身が、そして、作品を見る人々が投影された人物なのかもしれない。
ちなみに、『地獄の門』にロダンは生涯手を加え続けたそうだ。ということは、地獄について、そこへ向かう人々について、ずっと考えていたということか?
いや。
逆説的だけれど、地獄から、「地獄に行かない生き方」を考えていたんじゃないか。
正しく生きるとは、よく生きるとは、どういうことなのか、と。
『地獄の門』は未完と言われている。答えは最期まで出なかったのだろうか。
正しく生きるとは、よく生きるとは、どういうことなのか。
偉大な彫刻家が生涯をかけた問いは、けれど、自分のすぐ身近にもある。
私も、私なりの『地獄の門』を書き、考え続けたい。