ダンディベア
ある時代、北米大陸のどこか‥
一匹の熊が真っ青に澄み渡った空を眺めていた。
しばらくそうした後、熊は歩き始めた。
そうしていつもの森の中へ入って行く。
少し歩いた所で熊は動くことをやめ、前方の様子をうかがう。
鹿の母親が子鹿を連れて歩いている。
幸いこちらは風下である。
熊は身じろぎもせずじっと見つめる。
子鹿が何かに興味を示したのか2匹とも立ち止まった。
しばらく子鹿は足元を鼻先や脚で突いていたが母鹿に促されるように歩き始めた。
熊はただ見つめるだけで動かなかった。
母鹿は数歩歩いた所で熊の方を見つめた。
お互いの視線が合ったかのようであったが鹿は走り出すこともせず再びゆっくりと歩き始めた。
熊は見送るようにただ見つめるだけであった。
実はこの二頭の視線が合ったのはこれが初めてではない。
初めて遭遇したのは数ヶ月前である。
やはり森の中を熊が歩いていると数十メートル先を鹿が通りかかった。
その時も鹿は逃げ出すことなく熊を見つめた。熊も同じように鹿を見た。
まるで目で何か会話を交わしてるかのようであった。
そして、ややあって鹿はゆっくりと歩いて視界から消えた。
数日後、熊は川のほとりで、見覚えのある子鹿と遭遇した。
子鹿は熊に気付いていないようだった。
熊は空を見上げた。
しばらくそうしていたが・・・
急に子鹿の方へ目を向けるや全速力で子鹿目がけて走った。
近くに居たのであろう母鹿が異変に気付き、これまた全力で子鹿目がけて走る。
熊の方が一瞬早く子鹿にたどり着いたと同時に空から急降下して来た白頭鷲が熊の背中に激突した。
熊は懐で子鹿を匿いながら目を母鹿に向ける。そして振り返りざまに白頭鷲の脚を掴んだ。
鷲は大きな翼をバサバサとさせ飛び立とうとする。
熊は今のうちに早く子鹿を連れて逃げろと母鹿に目で叫ぶ。
母鹿は大きく頭を振ると子鹿を跳ね上げるかのような仕草で一目散に森へ向かった。
熊はそれを見届けると鷲を手から離した。
鷲は鋭い叫び声をあげて空へ舞い上がる。
熊はその姿を追うように見上げている。
鷲は空を旋回しながら熊を見下ろしている。
すると今度は熊が川の中へ入り、大きなサーモンを鋭い爪で岸辺に2匹跳ね上げた。
そうしてサーモンを仕留めると、バシャバシャと岸に上がって来た。
そして空を見上げる。
空には鷲がまだ旋回している。
しばらく見上げた後、熊はゆうゆうと森の中へ去っていった。
鷲はそれを見届けるとサーモンを目指して一直線に急降下してきた。
急勾配の崖っぷちのわずかな平な部分に大きな巣があった。
中には鷲の子供がうずくまっている。
その巣に向かってサーモンを掴んだ鷲が文字通り舞うように飛んで行く。
そして北米大陸に巨大な太陽が沈んでいくのである。
一方、熊は森を抜けたあたりで四足歩行からときおり二足歩行になり、平原にさしかかる頃は完全に二足歩行になった。
小さな川にさしかかると熊は立ち止まり前方を見る。
川の向こう、次の森の手前に作られたログハウスをしばらく観察する。
そして浅い川をバシャバシャと渡り、ログハウスに近づき躊躇うことなく玄関デッキへ上がる三段ほどの階段を駆け上がり、扉を開ける。
そして、熊は着ていた毛皮をぬぎ壁のフックに掛ける。
この頃には既に夜の帳はおり、空にはこれほどの星があるのかというほど星が輝いている。
男は玄関デッキに置かれたロッキングチェアにこしかけバーボンを口に含み、その夜空を眺める。
男は10年前まで、前ばかりを見て生きて来た。
周囲の景色や天気など気にしたことは無かった。
そして、人生の目的であった大金持ちになった。
それまで、我慢していたことを毎日実行した。
夢のような日々を過ごした。
しかし、数か月すると心のどこかに小さな空洞のようなものを感じた。
日を経るごとにその空洞は大きくなっていく・・・
そうしたある日、好きなバーボンをグラスに注ぎ、バルコニーに出て何となく夜空を見上げた。
素晴らしく美しい夜空だった。
バーボンを口に含みながら、しばらく夜空を見上げた。
男には夜空を見上げた記憶が無かった。
このような景色があったのか・・・
そして、男は今、同じように夜空を見上げている。
完
文酔人卍
※尚、イメージ画像は
witty_quince468 氏の作品を使用させていただきました。
感謝
完
完
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