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『チ。-地球の運動について-』に見る科学と信仰 —天と地の間で揺れる信念—

『チ。-地球の運動について-』は、15世紀のヨーロッパを舞台に、禁じられた地動説の真実を追い求める人々の生き様と信念を描いた青年漫画です。魚豊によるこの作品は、その独創的なストーリーと深いテーマ性で多くの読者を魅了しました。現在、NHKにてアニメとして放送されているこの物語は、地動説を支持することが禁忌とされていた時代において、科学的探求の道を諦めず、命がけで地球の運動に関する研究を続ける人々の姿を鮮明に描きます。

地動説とは、地球が宇宙の中心ではなく、太陽の周囲を公転しているという理論です。しかし、この一見単純な理論の背後には、当時のキリスト教会が守っていた世界観への致命的な異議が秘められていました。教会は天動説、すなわち天は不動であり、地球はその足元に縛られているとする教義を固く信じ、それに反する者は異端とされ、焔に消える運命を辿るものもいました。
『チ。』の登場人物たちは、そのような危険な時代にあっても、地動説という「狂気」を信じ続けます。自らの信じる真理が、彼らを滅ぼすかもしれないことを知りながら。それでも彼らは、夜空を見上げ、観測を繰り返し、その結果が自身の命以上に価値があると信じて疑わないのです。人間の愚かしさと崇高さが、ここに極まると言えるでしょう。

15世紀から17世紀にかけてのヨーロッパは、天文学や物理学をはじめとする学問が大きく変革した時代です。この時代、宗教的な権威が強く支配していたにもかかわらず、科学者たちは自らの観察や思索を通じて真実を追求しました。結果として、科学と宗教の関係が対立から次第に変化し、現代に至るまでの学問の自由と知識探求の意義が形作られていきました。

本記事では、地動説・天動説に関わる偉人たちに関する書籍を紹介します。ジョルダーノ・ブルーノの無限の宇宙観や、コペルニクスの地動説の革命的な提唱、ガリレオ・ガリレイの天文学的発見、さらにプトレマイオスの占星術に関する古典的著作などをご紹介します。
歴史の中で生まれた偉人たちの足跡を辿ることは、現代の私たちが抱える知識や信念の価値についても再び考えるきっかけとなるはずです。

アリスタルコス(紀元前310年頃-紀元前230年頃)

古代ギリシャの天文学者であり、世界で初めて地動説を提唱した人物とされています。彼は、地球が太陽の周りを公転しており、また自転していると主張しました。この考えは、地球を宇宙の中心とする「天動説」に反するもので、当時の人々には受け入れられませんでした。アリスタルコスはまた、月と太陽の大きさおよび距離を測定する試みも行い、その結果は後世の天文学に影響を与えました。彼の地動説は長らく支持を得られませんでしたが、後のコペルニクスによって復活し、近代天文学の基礎となりました。アリスタルコスの業績は、太陽中心の宇宙観を早期に示した先駆的なものであったと評価されています。
『The Copernicus of Antiquity』では、ギリシャにおける天文学の発展をたどりながら、アリスタルコスの思想とその背景にあった哲学者たちの影響が詳述されています。

プトレマイオス(90年頃-168年頃)

古代ローマ帝国時代のギリシャ系天文学者、数学者、地理学者であり、特に「天動説」を体系化したことで知られています。

『テトラビブロス』(Tetrabiblos)は、彼によって書かれた占星術の古典的な著作です。紀元2世紀に書かれたもので、「テトラビブロス」というタイトルはギリシャ語で「四つの書」を意味し、この本が四つの巻から成ることに由来します。

内容は占星術の理論と実践に関する体系的な説明で、占星術を科学的に論じた初期の試みとされています。『テトラビブロス』では、占星術の基本概念である惑星、黄道十二宮、ハウス、アスペクト(惑星間の角度)などが詳しく解説されています。また、占星術が人間の運命や自然現象に与える影響を論じ、それをどのように解釈するかについての指針が示されています。

この著作は、占星術の歴史において非常に重要な位置を占めており、中世ヨーロッパやイスラム世界の占星術にも大きな影響を与えました。占星術の実践家だけでなく、天文学や哲学の分野でも長く参考とされてきた書物です。

ジョルダーノ・ブルーノ(1548年-1600年)

イタリア出身の哲学者、天文学者、宗教思想家であり、特に無限宇宙論を提唱したことで知られています。彼は地動説を支持し、コペルニクスの理論をさらに発展させ、宇宙は無限であり、地球と同様に無数の恒星や惑星が存在すると主張しました。この大胆な思想は、宇宙を有限で人間中心的とする当時のキリスト教教義と大きく対立しました。その結果、彼は異端とされ、1593年から長期にわたる宗教裁判を受けることになりました。複数の宗教的・哲学的な問題で尋問を受けましたが、信念を撤回することなく、最終的に1600年に火刑に処されました。

ガリレオ・ガリレイ(1564年-1642年)

イタリアの物理学者、天文学者、哲学者であり、近代科学の父と称されます。彼は望遠鏡を改良し、木星の衛星や金星の満ち欠け、月のクレーターなどを観測し、天文学における重要な発見をしました。これにより、地動説の正当性を強く支持し、コペルニクスの理論を裏付ける証拠を提供しました。

しかし、地動説の支持は当時のカトリック教会の教義と対立し、1616年には著書の禁止命令が出され、1633年には異端審問で有罪となりました。彼は自説を撤回することを余儀なくされ、自宅軟禁の身となりましたが、その後も研究を続けました。ガリレオの運動法則や慣性の概念に関する研究は、ニュートンの運動の法則にも影響を与え、物理学の発展に大きく貢献しました。彼の科学的方法論は、観察と実験に基づく近代科学の基礎を築いたと評価されています。
『Galileo Galilei and the Roman Curia』では、ガリレオがどのようにして科学的な探求を続けたのか、そしてその過程で教会と対立することになった経緯が描かれています。

最後に

本特集を通じて、『チ。-地球の運動について-』が描く地動説を巡る闘いの背後にある、知的探求の熱と人間の不屈の精神に触れていただけたかと思います。時代に抗い、命を賭して真理を追い求めた先駆者たちの物語は、遠い過去の出来事でありながら、現代の私たちにも深い問いを投げかけています。科学の進歩とその自由の尊さを再認識することは、今を生きる私たちにとっても決して無縁ではないでしょう。

歴史を振り返ることで見えてくるのは、知識を追求することの価値と、その背後に潜む苦悩と覚悟です。『チ。』の物語が示すように、真理を追うことは決して平坦な道ではありません。それでもなお、その道を歩む者たちの姿は、今もなお私たちの心に明かりを灯し続けます。

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