【本】梶山三郎「小説・巨大自動車企業トヨトミの野望」感想・レビュー・解説
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メチャクチャ面白い小説だった!
『ビジネスは戦争です。社長はその最高指揮官です。最高指揮官の仕事は会社が進むべき方向を社員に示すことに尽きます。方向を誤ってしまえば会社は破綻し、社員とその家族は路頭に迷います。どうか怯むことなく、臆することなく、全世界三十万人の社員に正しい針路を示していただきたい。我らがトヨトミ自動車がさらなる五十年、百年を生き抜くために』
『ビジネスは戦争なんだ。そして社長は最高指揮官だ。食うか食われるかだ。アメリカ政府が本気で攻撃に出たら日本のメーカーなどひとたまりもない。手前味噌だが、おれはアメリカの怖さがわかっていたからニューヨーク、ワシントン、ロサンゼルスに凄腕のロビイストを配置して可能な限りに対米戦略を講じてきた。米国政財界の重鎮を取り込み、大統領の地元に工場とサプライヤーのセットで進出した。ロビイストたちの根回し、懐柔が効いたからこそ、いくら儲けようがどこからも文句は出なかった。これは一朝一夕でどうなるものでもない』
『ビジネスは戦争だ。労組の諸君の要求を丸呑みすればうちは世界のライバル社に負ける。いまの水準の給料はとうてい払えない。おれたち幹部は寝ても覚めても経営のことを死に物狂いで考え、汗水を垂らして行動し、トヨトミを発展させなくてはならない。牙を剝いて襲いかかる他メーカーを蹴散らし、トヨトミはもちろん、子会社、サプライヤーの社員とその家族の生活を守らねばならんのだ。戦争は負けたら終わりだ。なにも残らない。焼け野原だけだ』
こう繰り返し「ビジネスは戦争だ」と声高に主張し続けるのは、トヨトミ自動車の社長を勤めた武田剛平だ。『豊臣家とはなんの関係もないサラリーマン社長。しかも本流の自工ではなく、傍流の自販出身。加えて経理部に十七年も塩漬けにされたうえ、マニラに左遷された厄介者。そのマイナスだらけのドン底から這い上がり、トヨトミ自動車のトップに昇りつめた奇跡の男。そのすべてが常識外れだ。』
マンガのキャラクターみたいな男だ。しかし、この小説は、あからさまにあの自動車会社に酷似する設定だ。恐らく、本書に登場する人物も、すべて実在のモデルがいるのだろう。本書には武田だけではなく、他にも多くのマンガみたいなキャラクターが登場するが、彼らが実際にある一企業を舞台に切った張ったを繰り広げていたのだろうと思うと、事実は小説より奇なりとはまさにこのことだろう、と感じる。
さて、内容に入る前に、こんな記述も抜いてみよう。
『トヨトミ自動車内で進む露骨な武田剛平の“抹殺”。「創立八十周年記念映像特集」と銘打たれた二時間近い会社紹介ビデオに、武田が登場するシーンはたったワンカット。それも、解任に等しい社長退任会見の模様をほんの五秒程度。』
『あの偉大なる救世主、今日の隆盛の土台を築いた剛腕武田が、たったのワンカットじゃあおかしいでしょう。おれは納得できませんね。社史も、トヨトミ自動車公認のヨイショ本も、武田剛平を抹殺しつつある』
「稀代の経営者」「日本の救世主」とまで讃えられた武田剛平に何があったのか。そこには、『豊臣家は血の繋がり以外、信用していません』とまで言われる、トヨトミ自動車の創業家である豊臣家との奇っ怪な関係性が絡んでくるのだ。
物語の冒頭は、インパクト抜群だ。
トヨトミ自動車の社長である武田は、副社長である御子柴と共に、ヤクザの事務所に乗り込んだ。そこに鎮座ましましていたのが、豊臣家の本家の長男である豊臣統一。安クラブの、色気と愛嬌だけが取り柄の若いホステスの話を真に受けて美人局に引っかかったのだ。彼を救出するために武田は出張った。マニラに左遷されていた間、マルノス独裁政権下で死ぬような思いをしながら金を回収する仕事に従事していた武田には、ヤクザの事務所なんて屁でもない。トヨトミ最強のトラブルシューターが、後始末はすべてしてくれる、という手はずだ。
武田剛平は、前社長であり、トヨトミ本家筋の人間だった豊臣新太郎会長に見出された男だ。誰もが、武田はマニラで終わった、と思われていたところからの奇跡の社長就任。
そこからの武田の活躍は、「日本の救世主」と言われるほどの凄まじいものだった。中国、アメリカ、ヨーロッパと、次々と難しい海外進出を、その巧みな戦略でまとめあげ、元々8兆円ほどもあった売上を倍増させた。経済界だけではなく政界からも注目される男であり、「ビジネスは戦争だ」と常に言うように、使えるものは何でも使う徹底した男だ。自身も特異な社交術で人脈を広げながら、様々な人間を適材適所に配置しながら、人を上手く使う男でもあった。トヨトミの社員でありながら、武田の元でなければまず能力を発揮できないだろう、常識を超越した男まで操って見せる。
しかし、武田剛平は所詮サラリーマン社長。豊臣家に仕える使用人に過ぎない。トヨトミ自動車中興の祖と呼ばれる豊臣史郎でさえ、分家出身という理由で豊臣家の中では高く評価されていないのだ。武田は名経営者と讃えられながら、最前線から退かざるをえなくなり…。
というような話です。
メチャクチャ面白い作品でした。
小説だ、と思って読んでも、もちろんメチャクチャ面白い。武田剛平を始め、正直、ホントにこんな人間いるのか?と思うような超絶スーパーマンが様々に登場する。武田ほど描かれていなくても、ムチャクチャだな、と感じるようなエピソードは様々に存在する。
たとえば、工場で指を潰す事故に遭いながら、これで安全装置を一つ作れる、若い工員を傷つけずに済む、と喜ぶ者の話。たとえば、この部品を0.5ミリ短くすれば3銭のコストカット、というのを積み上げて100億円の利益をもたらした男の話。たとえば、自分が喋ると社員が考えなくなるから、と言って口を出さなかった豊臣の血筋の変人の話などなど。とにかく随所に凄いエピソードがちりばめられている。
その中でもやはり、武田のエピソードは破壊的で圧倒的だ。社長に就任するまでのエピソードも破天荒だが、社長就任後に手掛けたいくつもの戦略は、大国を相手に小国の一企業が揺さぶりを掛けるような振る舞いばかりで、よほど豪胆でなければ出来ない。武田は道半ばにして社長を追われることになり、その後しばらく凡庸な社長が続くが、それでもトヨトミ自動車が安泰だったのは、武田が描いた世界戦略を踏襲することで真っ当な経営が出来るからだ。豊臣家とのあれこれで社長を追われ、武田の功績ごとなかったことにされる、というような顛末も含めて、武田剛平という人物のエピソードは面白いと思う。
そして、この作品は、小説としてではなく、事実として読むことで、より面白く感じられるだろうと思う。
正直僕には、どこまでの話が事実なのかは分からない。トヨトミ自動車のかなり内部の話まで書いているので、当然創作している部分はあるだろうし、敢えて現実とは違う形で書いている部分もあるかもしれない。しかし僕は、とりあえず概ねは実際に起こったことをベースにしているのだろう、と思いながら読んだ。
そういう視点で読むと、ホントかよ、と突っ込みたくなるような感覚が読みながらずっとついて回る。この感覚も面白い。特に本書のベースとなっている、「不死鳥のように表舞台に現れた天才経営者」VS「トヨトミの血筋以外何も持たない普通の男」という構図は、こんなことまだホントにあるんだなぁ、と思いつつも、滅法面白い。サラリーマン社長である武田剛平のフラットな視点、本家の長男である豊臣統一の豊臣家内部の視点、武田を注視する記者の目からみた世間の視点などなど、トヨトミ自動車という企業を様々な視点で捉えながら、僕らのイメージを覆してくれる快感が、この作品にはある。そこには、トヨトミ自動車が最大の広告主としてメディアを掌握しているために、批判的な記事がなかなか出ない、という土台が必要であり、これまでももちろんあったにせよ、こういう暴露本的な扱いの本が極端に少ないだろう企業を扱っている、という点でも物凄く面白いと思う。
暴露本と書いたが、本書はただ中傷を目的とするような粗悪な作品ではない。本書は、武田剛平をヒーローとし、豊臣家をバカにするような扱いをしているように見えるが、そうではないだろう。武田剛平自身にも語らせているが、豊臣家という旗があるからこそ、トヨトミ自動車は世界と戦うことが出来る。凄腕の経営能力と血筋は、両輪なのだ。その両方が一人の人物の中にあればいい。しかし、必ずしもそうなるとは限らない。そうである時、この両輪をどう成り立たせるべきか。どんな企業も巨大化すれば直面するだろうこういう問いを、著者はモデルとなった自動車会社だけではなく、あらゆる企業に対して発しているように感じる。その問題に直面する前からその問題に取り組むことが出来る企業が、これから生き残っていくことができるのではないか。そんな風にも感じさせる作品だ。
本書には、モデルとなった自動車会社が書いてほしくないだろうなと感じるだろう情報も出てくる。裏金の作り方や、役員が家を買う時の暗黙の了解など、事実かどうかはともかく(ただ、事実でないものを、こんなノンフィクションノベルとても呼ぶべき作品に入れる勇気はなかなかないだろうから、事実なんじゃないかな、と思うのだけど)、いいのかそんなこと書いて?と思うような話も出てくる。あの自動車会社の批判はタブーと言われるメディア業界では書けない話を、小説という形で世に問うのだ、という著者の熱量を感じさせる。
本書には、「プロメテウス」というハイブリッド車の開発の話も登場する。ハイブリッド車開発について僕は、「ハイブリッド」という本を読んだことがある。こちらも滅法面白かった。本書に負けず劣らず、変人奇人がオンパレードで登場するムチャクチャな話だった。本書では「プロメテウス」は“クレイジープロジェクト”と称されていたが、まさにクレイジーの一言に尽きる。そしてそのプロジェクトにこんな舞台裏があったのか、と本書を読んで感じた。「プロメテウス」は、1台売るごとに100万円という巨額の赤字が出る製品だった。しかしトヨトミ自動車は、とにかく一番乗りにこだわった。そしてそれは結果的に大成功を収めるのだ。
ビジネスを取り巻く環境は日々刻々と変化していく。武田剛平をして「アメリカは怖い」と言わしめるほどの超大国であるアメリカは、トヨトミに対して様々なことを仕掛けてくる。リーマンショックのような激変も起こりうる。消費者の趣味趣向やライフスタイルは常に変化していく。巨大な船のようなトヨトミ自動車は、それゆえに、ちょっと舵取りを間違えればすぐに沈んでしまう。『寝ても覚めても経営のことを考える。それが経営者の本来の姿です。経営者になった以上、血ヘドを吐く覚悟で仕事に取り組まなければならない』。武田剛平の、ビジネスという戦場に斬り込んでいく意気込みは並ではない。トヨトミ自動車の社員であり、超一流のロビイストであった堤昌也に「地球人」と評された、すべてが規格外だった武田剛平。かたや、豊臣の血筋であること以外の取り柄はなにもない直系一族の男。彼らが何を見、何をどう判断して闘いに挑んでいくのか。その奮闘が、一流の物語として切り取られている。非常に面白い物語だ。
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