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『トムテ』 リードベリ


しんしんと冷える真冬の夜空に
星が冷たくまたたいている。 
森に囲まれた農場では
すべてが眠りについている。
月は静かに空を歩み
屋根や木々に積もった雪を
さえざえと照らしている。

目を覚ましているのは
小人のトムテただひとり。

白い雪に小さな影を落として、
トムテはたたずみ、農場を囲む遠くの森を見渡した。
数え切れないほど長い年月
トムテはこうしてこの農場の夜番をしている。
トムテは月を見上げてふと呟いた。
「わしにはまだ、どうもよく分からん」

トムテは髭と頭をなで回し首を振った。
帽子も揺れた。
「いや、なんとも難しい問題じゃ。
わしの手におえそうもない」

けれどトムテは気を取り直して
いつもの夜の仕事に取りかかった。

食料小屋と牛小屋を回り
戸口の鍵を確かめた
月明かりに照らされ小屋の中で
牝牛が夏の夢を見ていた

手綱からもクツワからも解き放たれ
馬もやっぱり夢を見ていた
目の前の飼い葉桶が
かぐわしいクローバーでいっぱいになる夢を。

羊の小屋では
子羊が親羊に寄り添って眠っていた。

鳥小屋では
立派な姿のおんどりも
高いとまり木で休んでいた。

トムテが犬小屋に近づくと
温かいわらの中で
犬のカーロが目を覚ましてしっぽを振った。
カーロはトムテをよく知っている。
トムテとカーロは仲良しだ。

トムテはそっと母屋に入り
主人夫婦を見まわった。
二人がトムテを大事にしていてくれるから。

それからトムテはつま先立って
最後に子ども部屋に入っていった。
可愛い子どもたちを見るために。
これがトムテの1番の楽しみだから。

昔からトムテは子どもたちを見守ってきた。
この子どもたちのお父さんが子どもだった時も
おじいさんが子どもだった時も
ひいおじいさんが子どもだった時も
トムテはこうして、見守ってきた。

だが人は、どこから来るのだろう。
子どもが親になり、またその子どもが親になる。
にぎやかに楽しく暮らし、年老いて、
やがて行ってしまう。
だが、どこへ行くのだろう。
トムテは呟いた。
「難しすぎる。わしにはやっぱりよく分からん」

トムテは納屋の屋根裏に戻っていった。
ここで、トムテは干しぐさの香りをかぎながら
長年ひとりで暮らしている。

毎年春になると
隣につばめが巣をかける。
若葉が燃えて、花が咲く頃、
つばめはきっと帰ってくる。
可愛い奥さんを伴って。

つばめは帰ってくる度に
遠い国の話をしてくれる。
だがつばめのおしゃべりも、
トムテの疑問を解く鍵にはならない。

納屋の壁の隙間から
月の光が差し込んで
トムテのひげを白く照らした。
トムテはじっと考え込んだ。

外ではすべてが凍りつき、
もみの葉ひとつ、動かない。
遥か彼方の滝の響きが
かすかに絶え間なく聞こえてくる。
時の流れの音のように。

トムテは低く呟いた。
「どこへ流れて行くのだろう。
源はどこだろう」

しんしんと冷える真冬の夜空に
星が冷たく瞬いている。
森に囲まれた農場では、
あらゆるものがまだ眠っている。
月は西に傾いて、
屋根や木々に積もった雪を
柔らかく照らしている。
眠らないのは、
小人のトムテただひとり。


□□□

北欧の小人のトムテ。
クリスマスイブには、トムテにおかゆなど用意するとか。
この詩は大晦日の夜にラジオなどで読まれるそうです。

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