拝観料は食料支援 寺宝初公開
※文化時報2021年5月6日号の掲載記事です。
拝観料を現物でもらう。そんな取り組みを、浄土宗弘願院(ぐがんいん=森岡達圭住職、金沢市)が試みた。これまで未公開だった寺宝の涅槃図を披露し、代わりに食料品を納めてもらったのだ。目的は貧困者支援。お寺ならではのフードドライブ=用語解説=に、注目が集まる。(大橋学修)
入りやすいお寺に
初公開したのは「絹本地刺繍(けんぽんぢししゅう)仏涅槃図」(金沢市指定文化財)。表装を含めた大きさは縦272センチ、横191センチにもなる。1683(天和3)年に同院が復興された記念に、金沢市内の商工業者が勧進主となって寄進した。
絹本地に下絵を描き、描線を色糸で刺繍する「加賀縫」と呼ばれる伝統技法が用いられている。表装部分や裏面には、寄進した人々の名前や戒名が一面に縫い込まれており、当時の信仰のあつさを物語っている。
公開は春彼岸に合わせて3月22~28日と4月5~11日に実施。事前予約制で1日8人限定とし、未開封で賞味期限を1カ月半以上残した常温食品を拝観料として募ったところ、計79人が参拝し、132点の食品や日用品が集まった。
義父で前住職の光成範道法船寺住職は「法然上人は、衣食住を念仏の助行と位置付けておられる。食は大切なこと」と話し、森岡住職は「いずれは、困っている人が食品や日用品をもらいに来られるようにしたい。そのためには、入りやすいお寺であることが必要」と語る。
殴られたようなショック
森岡住職は2018年7月から同院に住みながら法務を手伝い、昨年1月に住職に就任。寺宝の涅槃図をどのように生かすか、常に考えてきた。
住職になって間もない頃、境内の地蔵尊を参拝する母子をよく見かけるようになった。ある日、いつものように手を合わせているところに声を掛け、「良かったらもらって帰ってください」と、お供え物のおさがりを袋に詰めて渡した。
母親は、涙を流しながらわが子に向かって、「良かったね。今日は頂けるよ」と話した。頭をガン、と殴られたようなショックを受けた。7人に1人の子どもが食事を満足に取れない貧困状態にあることは知識として知っていたが、身近な問題とは実感していなかった。「自分が知らないだけだった」
昨年7月、お供え物を募る形でフードドライブを開始。貧困家庭へ直接支援しようと公共機関に問い合わせたものの、「個人情報だから」と、支援先の開示を断られたという。
子ども食堂を運営する団体や児童養護施設を自ら探し出し、先月には支援団体と寺院を結ぶNPO法人「おてらおやつクラブ」(事務局・浄土宗安養寺、奈良県田原本町)に登録。石川県母子寡婦福祉連合会を紹介してもらった。
お寺の存在意義を再考
森岡住職は、1986(昭和61)年に山口県下関市の阿弥陀院で生まれた。一村一カ寺と言われるように、檀信徒はすべて集落の人々。信仰があつく、檀信徒とお寺の距離感は近かった。
2007(平成19)年に伝宗伝戒道場=用語解説=を満行。09年3月に佛教大学を卒業後は、同大学の浄土宗僧侶の養成課程で指導員として勤務し、後進の育成に努めてきた。だからこそ、「教えを伝えるのが僧侶の役割」との思いが強い。
だが、石川県内でも都市化が進む金沢市では、檀信徒とお寺の距離感が遠いように感じた。「自分が思ってきたお寺とは違う。何のために存在するのか」。自問自答を繰り返してきた。
涅槃図の公開では、涅槃図の絵解きを盛り込んだ法話を行った。寺は美術館ではない。やはり教えを伝えることを大事にしたかった。いずれはお寺の年中行事にも参加する人が増え、法話を聞いてほしいと願っている。
森岡住職は「お寺に関わることで不特定多数の人々が世代を超えて交流し、地域の課題を解決できる仕組みをつくりたい」と話す。来年の春彼岸にも涅槃図を公開するほか、子どもたちの寺子屋や交流の場となるカフェの開設にも取り組みたい考えだ。
公開した涅槃図の前に立つ森岡住職
【用語解説】フードドライブ
家庭で余った食品を捨てないで持ち寄り、福祉施設や貧困者らに寄付する活動。発祥とされる米国などでは食品ロスを減らす取り組みとして広まっている。売り物にならない食品を引き取って必要な所に届けるフードバンクや、無料配布するフードパパントリーなどを通して行う。
【用語解説】伝宗伝戒道場(でんしゅうでんかいどうじょう=浄土宗)
浄土宗教師になるための道場で、総本山知恩院と大本山増上寺で開かれる。加行、加行道場ともいう。
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