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キャンベル・スチュアート:著 「クルーハウスの秘密」(緑風出版:刊)を訳し終わって

4年ほどの年月をかけて、第一次世界大戦で英国がドイツに仕掛けたプロパガンダ戦の内幕を記録した「クルーハウスの秘密」という百年前の本を翻訳しました。この翻訳書の実現には、クラウドファンディングを利用させていただきました。
この本に取りかかった頃は、プロパガンダという言葉は単なる歴史的な用語でした。しかし今年2月、ロシアがウクライナに侵攻してから、突然プロパガンダという言葉が私たちの日常にしっかりと居座ってしまったのです。同時に、怪しいニュースに振り回されることも多くなりました。紙のビラが中心だった当時のプロパガンダよりも、ネットで瞬時に流れるプロパガンダの方がはるかに浸透力が高いのです。
この本は、プロパガンダ戦を仕掛けた側の英国から勝利の記録として1921年に出版されています。それもこのプロパガンダ機関の次長のペンによって書かれています。
 以前はネット書店を見ると、数社から出版されていたのですが、いまはほとんど在庫がないようです。ロシアとウクライナの戦争で、プロパガンダ戦の古典を読もうとした心ある人々が、密かに買って読んでいるのでしょう。あるいは各国の情報機関、謀略機関が参考資料として買ったのかもしれません。
 当時の戦争は、将校は貴族、兵士は平民、といった身分の違いが明確だった時代。兵士の犠牲がどれだけ大きくても、戦争を指揮する貴族階級、将校たちはほとんど精神的な痛痒を感じなかったのでしょう。そうでもなければ、塹壕から飛び出して密集隊形で、機関銃の待ち構える中を突撃せよ、果敢な精神力で敵を圧倒せよ!などという無謀な攻撃を命じるはずはないのです。
 サム・ペキンパー監督の「ワイルドバンチ」という西部劇の名作があります。最後の場面で、メキシコの悪徳将軍の本拠地に乗り込んだアメリカの無法者たちが重機関銃を撃ちまくり、メキシコ兵を片っ端から虫けらのように殺戮する場面がありますが、この時代設定は1913年。第一次世界大戦勃発の前の年です。西部劇の「死の舞踏」と評される恐ろしい場面が、第一次世界大戦のヨーロッパの各戦線で情け容赦なく展開されたのでした。それゆえ第一次世界大戦の戦没者は1600万人の多きを数えます。
 この翻訳にかかっている間、これら1600万人の戦没者に鎮魂の祈りを向けただろうか?なすすべもなく冷酷に殺されていった者たちの無念の思いを引き受けているか?戦争で名誉を得たり、金儲けした支配者たちのえげつなさを知っているか?などなどの交錯する思いに囚われました。
 最近、レマルクの「西部戦線異状なし」を読み始めました。翻訳は終わったものの、激しい戦争の嵐にさらされた私の心の均衡を取り戻す作業は、まだしばらくかかりそうです。
 
http://www.ryokufu.com/isbn978-4-8461-2214-0n.html
 

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