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風味絶佳に唸ったことがあった。
「風味絶佳」という短編に唸った。うめえ!と舌を巻く。まあ、いっかい食ってみな、という感じ。
ガテン系の男たちのストレートであったかいこころが沁みてくる。
たとえば、「夕餉」という短編にはこんな文章がある。
「憐れみに肉体が加わると恋になる。そこには、かけがえのないもの哀しさが生まれ出づる。・・・だって私を見つめる時の彼の瞳は、哀しい飴玉のようにとろりとしている。私も、だから、それにならって、抱かれる時には水飴のように糸をひく」
そしてこんなふうでもある。
「紘の腕のなかの空気は馥郁としている。まるで餡パンの中の隙間みたいだ。天然酵母の香りに酔っ払いながら、私は焼きあがる。美々ちゃんの体、熱くなって来たと彼が言う。・・・きちんと下ごしらえをされれば私の体だっておいしくなる。ほしがられていると感じる」
おおー!なんと、そうくるか!という感じ。で
「不在のひとを恋しく思う時、流れる湯気は、どうしてこんなにも、心を気弱にするのだろう。」
ときたりする。なんだか、こころと身体のツボをみんな押さえ込まれてしまったような気分になる。
「海の庭」もいい。礼儀正しい大人の初恋は素敵だ。
技術的なことを学ぼうと思ってもついつい先が気になって読み進んでしまう。少女の目が切り取る世界は本質的でしかもユニークだ。語り口がさわやかで、読み終わるとなんだかせつない感じがする。
「風味絶佳」は横田基地のそばでカウンターバーを営むグランマと、ガソリンスタンドで働く孫のキャラメルがらみのお話だか、このグランマのアメリカナイズされた語録が実に印象的だ。
グランマはどんなふうに料理しても絶品の一皿になる感じの豪快なキャラだが、孫の瞳を通してみると、滑稽さと感嘆が交じり合う。生き方に一本筋が通った大人の台詞の味わいはなんともいえず深い。
「一日に一度は寂しいと思うことって、人を愛するこつだろう?」
そんなことをさらりといえるばあさんになってみたいと思うじゃない、ねえ。
難易度の高い単語とか入り組んだ文体とか幻を見るような文章とかでなく、地に足が着いた穏やかな言葉をこんなに新鮮に使うことができるんだよ、とまた教えてもらう。
この本に出てくる男たちはみな肉体労働者で、理屈ではなく、体で世の中を学んできている。言葉の力を超えたものを言葉で表現する技なんだ。
詠美さんにもやっぱりわかりどころがあって、そこからはもう詠美さんしか書けないエリアで、独特なイメージの重ね方があるように思う。
ひとつの言葉がひとつの作品のなかで転がっていって、そこにいろんな思いがくっついていって、その言葉の意味が広がっていくさま、と言えばいいだろうか。
それにしても人間の根源的な心情を素直に、あるときはあからさまに吐き出して、こんなにほっかりとした世界がつくれるんだからね、すごいよね、山田詠美さん。
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