カラサキ・アユミ 連載「本を包む」 第18回 「あゝ明屋書店」
「明屋書店」を「はるやしょてん」と初見で読める人はどれぐらいいるだろうか。
私は小学校に上がる前からこの書店の店名だけはハッキリ読めていた。なぜなら、幼い頃からドライブの帰りにいつも両親と立ち寄っていたこの書店には真っ赤な大きな文字看板が掲げられており、そこにはご丁寧にふりがなまで振られていたからである。
自分にとってロードサイド型書店といえばこの明屋書店が真っ先に思い浮かぶ。広い駐車場に広い店内、天井を埋め尽くすように配置された蛍光灯に照らされる多種多様な本達――。夜10時まで営業しており、まるで本のスーパーのような、そんな気楽さが漂う雰囲気がとても好きだった。
このブックカバーは私が高校生の際、文庫本を買った時に付いてきたもので、奇跡的に残っていた1枚でもある。当時毎回本を買っては当たり前のように剥がして捨てていたのを今では激しく後悔している……。
見慣れない言語がたくさん散りばめられたこの風景は新潮社本店ロビーの壁面彫刻「人類の文字」を映し取ったもので、なんとも知的なデザインだ。
〝書店に立ち寄ると あなたを向上させるなにかがある〟
見返し部分に書かれたこのフレーズにいつも頷きながら剥がしていたっけ。
ある時、明屋書店の歴史を綴った『踏んでもけっても 書店の道を求めて』(1975年/ポプラ社)を手に入れた。その本を読んで、店名の由来が創業者の故・安藤明氏の名前から取られたものだと知った。
この本はポプラ社の創業者である故・田中治夫氏(ペンネームは田中治男)による安藤明氏の伝記とも言える1冊で、1938年に広島市の片隅に誕生した名もない貸本屋(安藤氏が住む借家の一坪ほどの玄関先の土間)からやがて書店業界に旋風を巻き起こす天下の明屋書店に育つまでの経緯が事細かに綴られている。その内容の濃さに読み終えると熱々の湯船から上がったような気分になっていた。
ある時は文房具を買いに、ある時は漫画雑誌や参考書を買いに、長年慣れ親しんで通った地元の店舗もつい先日、30年余の営業に幕を閉じてしまった。全国に出店しているチェーン店とはいえ、思い出が詰まった店舗が無くなる喪失感は私の心を急降下させた。
いつも通る道を車で走っていると、明かりが消えた店舗と広い駐車場のコンクリートの割れ目から生え始めた雑草が視界に映る。
その風景を通り過ぎる度に押し寄せるこの無性の寂しさには、当分慣れそうにない。