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カラサキ・アユミ 連載「本を包む」 第19回 「〝変わらない〟ことの魅力」
ブックカバーのことを、古い言葉で「書皮」と言う。書籍を包むから「書」に「皮」で「書皮」。普通はすぐに捨てられてしまう書皮だが、世の中にはそれを蒐集する人たちがいる。
連載「本を包む」では、古本愛好者のカラサキ・アユミさんに書皮コレクションを紹介してもらいつつ、エッセーを添えてもらう。
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早速だが今回紹介するブックカバー、まずは見返し部分の一文に注目してもらいたい。
購読年月日、蔵書番号を記入する項目に続き……
〝此のカヴァーは当店のサービスとして独特の図案を以て永く皆様に御愛用して戴きたいと存じます〟
……と、味わい深い手書き文字が印刷されている。「カヴァー」という表記に趣を感じるのは私だけではないだろう。
店側のメッセージ、それも書皮の存在意義が添えられたものを見るのはこれが初めてだった私には大変珍しく新鮮に感じられた。
高円寺の古書即売会で、昭和50年発行の横溝作品『吸血蛾』(角川文庫)に巻かれた状態で50円で売られていたのを発見したのがこのブックカバーとの出会いなのだが、町田書店のレジで巻かれたであろうこのカバーは、もうかれこれ40年以上の月日を本の名札として立派に役目を果たしてきたようだ。
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〝独特の図案〟も独特なだけに眺めていて飽きない。
今見てもモダンでお洒落な雰囲気を感じさせるところから、確かに、永く愛用してもらいたいという店側のコンセプトが実にしっくりくる。
「でも、このお店も時代の波に飲み込まれてきっともう今は存在しないのだろうな……」
これまでに蓄積された経験が先行し、そのような寂しさを勝手に想像しながらネットで検索をかけてみると意外な結果が目に飛び込んできた。
なんとこの東京大田区にある町田書店、現役バリバリで健在なのである。
そして更に驚くべきことにこのブックカバーは現在もデザインも変わらず使用されているようなのだ(見返しの文章は内容は全く変わらないまま、手書き文字ではなく明朝体の表記になっており、「カヴァー」は「カバー」になっている)。
〝変化〟が当たり前になりそれに対して誰しもがその事象に慣れきってしまっている現代において、東京の片隅で今尚〝不変〟を貫く小さな町の本屋の存在に私は胸が熱くなった。
その後、カバーについて知りたくてお店に電話をして思い切って詳細をお伺いしてみた。電話に出たのは高齢の男性店主。
「ええ。今も使ってますよ。そうですなぁ……もう何年になるかなぁ……確か戦後しばらくしてだった気がするけどもう歳も取って私も記憶が曖昧で。ちゃんと答えられなくてごめんなさいね」
突飛な電話をかけてきた見ず知らずの私に終始穏やかな口調で店主さんは丁寧に受け答えをしてくださった。
肝心の一番気になる図案の由縁は分からずじまいだったが、店主さんの発音は間違いなく〝カヴァー〟だった。
電話越しに聞こえる店主さんの美しく品のある〝カヴァー〟の発音が心地良く響いて私は何だか嬉しくなってしまっていたのだった。
文・イラスト・写真/カラサキ・アユミ
1988年、福岡県北九州市生まれ。幼少期から古本愛好者としての人生を歩み始める。奈良大学文学部文化財学科を卒業後、ファッションブランド「コム・デ・ギャルソン」の販売員として働く。その後、愛する古本を題材にした執筆活動を始める。
海と山に囲まれた古い一軒家に暮らし、家の中は古本だらけ。古本に関心のない夫の冷ややかな視線を日々感じながらも……古本はひたすら増えていくばかり。ゆくゆくは古本専用の別邸を構えることを夢想する。現在は子育ての隙間時間で古本を漁っている。著書に古本愛溢れ出る4コマ漫画とエッセーを収録した『古本乙女の日々是口実』(皓星社)がある。
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