カラサキ・アユミ 連載「本を包む」 第20回 「本読みの止まり木」
ブックカバーのことを、古い言葉で「書皮」と言う。書籍を包むから「書」に「皮」で「書皮」。普通はすぐに捨てられてしまう書皮だが、世の中にはそれを蒐集する人たちがいる。
連載「本を包む」では、古本愛好者のカラサキ・アユミさんに書皮コレクションを紹介してもらいつつ、エッセーを添えてもらう。
「京都で暮らしてみたい」と心のどこかに漠然とした憧れを抱いて生きている京都圏外の人は結構多いのではないだろうか。
「隣の芝生は青い」という諺があるが、圏外で日常を送る者にとって、京都はその言葉で片付けられない独特な魅力を放っている。
街を歩けば自然と詩が浮かび、吸い込む空気はどこか文学の味がする。京都の日常は〝一見さん〟には魅惑の非日常の連続に違いない。
さて今回紹介するのは、そんな京都という都市の欠片のような存在だった老舗大型書店「駸々堂」(1881年〜2000年)のブックカバーだ。これは京都の古書店で300円で買い求めた。
見るからに「京都的」なデザイン、画家・竹村俊則による「昭和京都名所図会」が紙面に広がっている。よく見ると、当時市内に複数転在していた店舗名が観光名所と肩を並べてさりげなく地図に明記されているのが面白い。
シンシンドウと読み方だけ聞くと京都の某有名パン屋が真っ先に思い浮かんでしまうが、2000年以前はこの名を耳にした京都人は間違いなく書店のイメージを真っ先に思い浮かべていたに違いない。
このブックカバーは80年代〜90年代に使用されていたもので、その後は、ユニコーンがデフォルメ化された柄バージョンのブックカバーに変更されたそうだ。
ちなみに駸々堂は出版社でもあり、古本好きならば一度は遭遇したことがあるであろう背表紙にユニコーンのマークが印刷されているユニコンカラー双書が一番馴染み深いかもしれない。
知恵を象徴するユニコーンが社のトレードマークになっているのが何ともユニークで洒落ている。
ネットに残された情報を知れば知るほど魅力的なイメージしか湧かない駸々堂だが、もしこの書店が現役だった時代の京都の街に自分が暮らしていたら……とそっと目を閉じてみる。
河原町店で1冊本を買った後にこのブックカバーを眺めながら「今日はこの辺りを散歩して帰るか」と自宅まで電車もバスも使わずにのんびり歩く。
疲れたら鴨川の川縁に腰掛けて本を開く、喉が渇いたら地元の人しか知らない小さな喫茶店でコーヒーを飲みながら本を開く、気持ち良い風が吹いている夕暮れ時に観光客もまばらになった寺の参道脇にあるベンチに腰掛け本を開く――。
そんな情景を想像していたら目の前に広げられた駸々堂のブックカバーが本読みの止まり木を示す地図にしか見えなくなってしまい、ますます、京都への慕情が募る私なのであった。