ハチャメチャで毒舌、繊細で真面目。市街地ギャオ『メメントラブドール』
書店で、太宰治賞2024、という文字が目に入る。で、なんとはなしに手に取る。受賞作の『メメントラブドール』をパラパラ捲り、おお!これは!と思い購入。以下、ネタバレも少し。
作者は市街地ギャオ。すごいペンネームだ。31歳。
『メメントラブドール』を読了する。まぁ、なかなかにすごい小説だ。
内容としては、コンカフェ、所謂コンセプトカフェでバイトしつつ社会人として生計を立てている25歳の男性が主人公だ。
彼の働くコンカフェは男の娘カフェで、然し、彼は女装はせずに働いている。で、趣味としてはTinderというSNSのマッチングアプリでノンケの男を食うことで、冒頭からそのやりとりが展開される。
書き出しは「♡」。なかなかないパターンだ。書き出しは、いつもいい文章を書こうと思わされてしまう。然し♡、はこの作品内容にマッチしていて、多用される。まぁ、この♡、という絵文字の虚無性が、この作品の持つ普遍的な青春の静かな懊悩にマッチしているのだが。
で、♡、は、本当によく多用されていて、登場人物でまいめろ♡という女性が出てくるが、まぁ、女性はこの人くらいしか出ない。あとは全員男で、まぁ、とはいえ、BL展開、まぁ、BL展開なのだけれども、そういう、男男の睦み合い、的な、幸福な時間は、ない。基本的にギスギスしている。
ただ、一人称小説なのだが、文体は女性的だ。なので、作品全体に柔らさかを感じる。
冒頭から、凄まじい数のスラングが飛び交うので、ん?SF小説かな?と思うのだけれども、紛れもない令和のお話で、だからこそ、10年後には陳腐に感じる、それほどの装飾過多な、だからこその装飾過多、計算された装飾なのだと思うが、これは真っ当な青春小説であって、だんだんと、主人公の襞が剥がされていく、その過程が描かれていく。冒頭からしばらくは情報量と主人公の一人称による相手に対する罵倒などで勢いが凄まじいのだが、後半は、それが静まっていく。嵐の海から始まるが、水底は静かだ。
主人公は、ノンケ食いでディープスロートしてあげた(この表現、なかなかないなぁ)カズというチー牛の男性に、尺八しているところの動画を撮らせてよ、と言い、その撮った動画をTwitterに上げるのだが、反応が芳しくない。それが悔しくて、今度はカズから、もっといい動画にしてアップしようと、まぁ、そういう感じで、仲良くなっていく?のだが、カズは、冒頭、主人公の性欲と承認欲求を満たすためだけの道具でしかないのだが、それが最終的には反転していく、このくだりの巧さは見事だと思う。
並行して、主人公の会社員としての姿も描かれるが、基本リモートワークであり、リモートワーク中はサボりまくって、TwitterとTinderに明け暮れている。主人公は、職場でもあまり馴染めず、無論、土日にはノンケ漁ってます!など言えるはずもなく、仕事にもやる気がない。
後輩でできの良い男がいて、陽キャで、然し彼もそっちの気があるが、少し引け目を感じている。
コンカフェでもそうで、彼は、本当に自己肯定感が低く、けれどもプライドが高く、斜に構えてそれを見ようとしない、より下を見て、例えばチー牛のカズ、自分を肯定してくれる人を探している。
普遍的な青春を描いていて、舞台や環境は、やはり一般的なものと比べると面食らうが、然し、どこまでもクレバーで巧みに筆が進められている。
極めて小説的で、文章は今どきの短文、スラングで構成されつつも、テンポよく配置され、読みやすい、整理された文体である。
ハチャメチャに見せかけて真面目、そう、この文体が、主人公そのものなのである。それは作者そのものかもしれないが、めちゃくちゃ繊細で真面目な人なのだろうなと思う。
しかも、本には、見開きで作者の写真が掲載されていたが、清明な魅力のある顔立ちで、佇まいといい、こう、絵になるのである。
まぁ、これは賞を獲るだろうな〜、と思う、良い青春小説だった。
物語は普遍的で、こういう小説は山とあるのだが、その中でも、現代性、という、まぁ、これは諸刃の剣だし、最先端、というもの、美、というものは、先端にいればいるほど欠けていくわけで、古臭さの中に呑み込まれる未来は間違いないかもしれないが、ラスト、カズのアイデンティティに触れる箇所などからくる一連の展開は、言葉とスラングに塗れた中からむき出しの人間が立ち顕れる、極めて文学的なシーンだと感じた。
共感がないような世界を冒頭に配置して、然し、誰もが共感する孤独を掬い取って、ここはあけすけではないまこと奥床しい書き方をしてみせる。
そして、ちょうど来週書籍が出る!まぁ、私は雑誌で読んだから買わないけど……!
これは城定秀夫監督とかで映画化するだろうな〜、とか思いつつ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?