塚本邦雄の暗黒小説 『父さん鵞鳥嬉遊曲集』
塚本邦雄といえば、絢爛たる短歌の大家であるが、そんなツカモンは小説もいっぱい書いていて、今日はそのうちの一つ、『父さん鵞鳥嬉遊曲集』という作品を紹介したい。
そもそも、塚本邦雄の小説は異常である。よく、谷崎潤一郎が耽美だとか狂ってるとか言われるが、彼の異常度はレベル3くらいであり、魔界の小説家である川端康成とかで5くらいである。塚本邦雄だと11くらいはイッているので、この異常性についてこれるかが肝である。
そもそもが毒々しい短歌を書く男であり、31文字の中に瞬時に塚本邦雄ワールドを形成するのが恐ろしいところである。
小説もご多分に漏れず、明らかに他の書き手と世界が違う。冒頭で、既に違うのである。
今作は2つの短編が収められた作品で、そのうちの一つは大変に美しく大変に奇怪な世界を描いている。
過疎化が進むある町に菓子店『鵞灯』がオープンする。この洋菓子店の主人の左近とその娘の夏也子は、黙々と菓子を作り続けている。オープン日なのに客が全然来ない。過疎の町であり、人がいないのである。そこに、鷹巣という医師がユピテルという犬を連れて菓子を買いに来る。
まぁ、この時点でお気づきかもしれないが、名付け方が変である。異常に変な名前をつけるのは、塚本邦雄と津原泰水。
鷹巣は謎めいた男で、今作はこの男ばかり喋っている。
と、このような感じで喋りだすのだが、マシュマロウの漢字ってこんなのなんだと調べたら、真珠麿だった。
薄紅立葵とは、ウスベニタチアオイであり、これから取れるデンプンが、元々はマシュマロに使われていたそうだ。
そんなん識らねーよ!
いや、然し、塚本邦雄は歌人であり、知識がまさに天上人のそれなのであり、そして、草花を怪しく絡めるのが彼の持ち味なのだ。
今作でも、それは更に危険な草花へと変化していく。
開店初めてのお華客様ですから、追加分は進呈いたしますよ、という左近の申し出に、
と切り返し、帰っていくセクハラ男、鷹巣。その後ろ姿を見つめながら、左近は、
などと考えたりと、開始2ページで獣姦ネタ、同性愛ネタ、近親相姦ネタを盛り込むイカれた構成である。
塚本邦雄の短歌、小説は濃厚な同性愛の匂いに満ちていて、基本的には女は邪魔者か関係性を破滅に導く存在である。
彼はゲイ同人誌『ADONIS』にも寄稿していて、まぁ、作品からその嗜好は伺えるが、耽美とはここまでイッてだな、と読んでいて思う。
私はこのことで押井守の言葉を思い出すが、ティム・バートンは世間一般が許容できる奇怪で、クローネンバーグは変態、デビッド・リンチはキ◯ガイ、とあるが、谷崎潤一郎は世間一般が許容できる奇怪さなのであり、ツカモンは変態である。
で、ゴーストタウンにある鵞灯にはどこからか菓子の材料を運びに来るトラックがやってきて、帰りには売れ残りの菓子を詰め込み去っていく。鵞灯はすぐ近くに秋蒔の罌粟の花苑があり、季節が経つにつれて、キレイに刈り取られる。
父娘は憑き物がついたように菓子作りに精を出し、鷹巣は常連になり、買いに来てはダベる、そのような関係性が構築される。
ここで鵞鳥が出てくるわけだ。フォアグラである。
そもそもタイトルの父さん鵞鳥、というのはマザーグースの反転のファザーグースなのである。
フォアグラはフランスの宮廷料理であり、メヌエットはフランスの宮廷の舞踏のことである。
で、父娘と鷹巣、それぞれがそれぞれ、友愛と警戒の緊張を楽しんでいる。そして、ユピテルがフォアグラという言葉に興奮し、夏也子がアーモンドクッキーを盛った皿を運んでくると彼女に飛びつく。
ストリキニーネは文学作品の殺人事件で毒として扱われる。阿片は皆様も御存知の通り、芥子の花より取れる薬物だ。八房は『南総里見八犬伝』に登場する霊犬で、人間である伏姫を孕ませる。
また獣姦!?どんだけ獣姦が好きなんや……。そういえば、獣姦といえば、昔、『モーターサイクル・ダイアリーズ』という、チェ・ゲバラの映画を観に行ったとき、パンフに現地では◯◯◯を使って欲望を果たすとあって、私は驚いたものだ。たしか、パンフだったと思う。
それにしても何なのこの鷹巣……。
ここからは完全に結末に触れるネタバレだが、
この鷹巣の素性は実は、高須というのが本名であり、ユピテルは何代目かのユピテルだということを、唐突に左近が語り始める。鷹巣は何かの組織により、表向きはシェパードの監視役として、裏では非合法なオペなどを依頼されている。或いは、非合法薬物の調合。
そして、ラストに今度は鷹巣が父娘の秘密を語り始める。
妻が娘の婚約者と駆け落ちしたこと、その後の行動を謎の組織サバト会に握られて、ここで延々と罌粟の花を使った阿片と菓子をつくり続けている。
互いが互いに、サバト会、つまりはサバト、魔女たちの会合に秘密を握られてこのゴーストタウンで罌粟の花に囲まれながら阿片を作り、モルヒネを使っている。
三人は、最早気が狂う寸前ではあるが、まだこの遊戯的な時間を、平静を保って、或いはそれは既に壊れているのか、この箱庭のような場所で過ごしている。
まぁ、そんな話なのだが、この異常世界の中で繰り広げられる言葉遊びと何層ものレイヤーが作り出す蠱惑に、私は堪らなく魅せられてしまう。
わずか10ページであり、暗黒の童話であり、暗黒の小説である。
私もまた、父娘の作る菓子の何かに取り憑かれた中毒者なのかもしれない。