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【短編小説】 いもうとを蟹座の星の下で撲つ (後編)
翌日、自分がジャンヌ・ダルクを演じることは夢みたいで、現実感がなかった。これから、毎晩毎晩、学校の校舎の裏手にある専用の劇場で稽古をするのである。そこは大隈講堂、或いは、ヴェネツィアのドゥカーレ宮殿のように美しい、劇団員たちの神聖なる場所でもある。そこを2ヶ月程借りて練習するのである。制服に着替えて、鏡に映ると、自分をかわいいと言った真白の顔と声が浮かんだ。鏡よ、鏡、鏡さん、この世で一番美しいのはだあれ?鏡に口づけるように唇を寄せると、その色は真っ赤な毒の苹果のそれである。ノックもなく入ってきた継父は、今し方の醜態を見たのだろうか、「おはよう。」眞人の声に少し頷くばかりで、「香水の匂いがするな。」鷹のような眼で、眞人を睨めつける、くんくんと、猟犬のように鼻で部屋を嗅ぐ。「ああ、買ったんだ。お小遣いで。」継父はその問いに何度か頷いたかと思うと、眞人の首筋に鼻を近づけて、「雌の臭いがする。お前、なぁ、お前、お前は男だろう?」地獄の底から轟いてくるような声色に、思わず眞人は身震いする。そうして、静かに頷くと、「顔立ちがきれいだと、心も女になりたいとでも思うのか?」「まさか。そんなつもりはないよ。」「もっと男らしくしろよ、なよなよなよなよ、なよなよとするのは、女を騙す時だけでいい。なぁ、何か昨日から妙に嬉しそうだ、何かあるのか?何か?」Pimpは顔を近づけて、眞人の眼をじっと見据えた。そうして、「門限は九時だ。一分一秒でも遅れることはまかりならんぞ。」継父に肩を押されて、眞人はそのままベッドに倒れ込んだ。そうして、継父は、バタンと勢いよく扉を締めて階段を降りていく。毎日の門限は九時まで。それを超えると部屋に入れてもらえない、鍵をかけられる。眞人は、よれた制服をはたいて、もう一度鏡を見る。鏡よ鏡よ鏡さん、ガラスの靴をくださいな。星が綺麗な時間、蟹座の星の下で踊る夢を見る。翌日、学校へと向かう道すがら、今日から始まる稽古に、どこか異国への船旅の夢を見るかのよう。それから、毎日毎日、放課後は劇の稽古、ホームワークが終わらない、手につかない、そんな日々、男の子が演じるジャンヌ・ダルクも初めは物珍しく見られても、現代社会ではレアケースなわけじゃない、すぐにそれは女の子演じるジャンヌと変わらずに見られるようになった、台本にモダンな匂いがあるわけでもなし、逆にこんな古典じゃあ眼を引くものもないだろう、演出家を買って出た女生徒の一人が、ジャンヌとジル・ド・レェのキスシーンを入れようとテコ入れを企てるが、「ジル・ド・レェは男色家で、ペドフェリアエロイカよ、クナーベンリーベの祭典よ、私は御小姓を周りに侍らせるのがいいと思うの。前髪の少年たちを、中等部から何人か借りてこない?」、と、本気で言っているのか真弓が提言すると、それはアンチモラルだと演出家は顔を赤くして自分のアイディアまでも引っ込めてしまう。「ジル・ド・レェがジャンヌを犯すのなんかどうだろうか?逆に、ジル・ド・レェが掘られてもいいな。張り型を美術部に作らせてさ。刺激的じゃないか?」下衆なな男子生徒の言葉に、それじゃあまるであべこべだと、眞人は足元が揺らぐようだった。眞人が演じることで、ジャンヌはふたなりになっている、ふたのなりひらだった、それを犯そうとする男装の令嬢である愛弓、つまり、女のふりをした男を犯す男のふりをした女、倒錯だった。教室の隅、出番待ちの間、眞人がガリ版刷りの演劇プログラムを眺めていると、愛弓がやってきてその後ろに腰を下ろして、手を伸ばし、鏡に二人の顔が並んで写る。先程の倒錯が、鏡の中に収まっている。「お化粧、してあげるわ。」そう言って、彼女は口紅に手を伸ばし、ゆっくりとそれを眞人の唇に引いていく。「もう慣れたものじゃない、あなた、毎日きれいになっていくわね。」眞人は何も言わずに、ただ、鏡に映る愛弓の一重まぶたに微かに引かれたアイシャドウに、自分にはない澄んだ円みのある線だと、内心、幽かに火がちろちろと燃えるようだった。「意地悪な時計の針を止めた私たち……。」愛弓はそう言って、「私ね、整形でもしようかと思ってるのよ。」眞人は驚いて、「そんなにきれいなのに。」「きれいなのはあなた。ほら、獣みたいな眼をしてる。」目鼻立ちがはっきりしているのは確かにそうだ、太陽のようだ、マンディアルグならそう言うだろう。反対に、薄幸の中に生まれた印象の真白は月のように美しいのだった。「眼を二重にしてね、唇を膨らませて。」「良いところが全部なくなる……。整形したら化け物になるかも。」「そう?私、白痴美に憧れるの。ダニエル・ダリューみたいな白痴美。ねぇ、ほら、鏡よ鏡、鏡さん、世界で一番美しいのはだあれ?ねぇ、今はあなたね、ほら、美しいジャンヌ。あなたは白痴美よ。馬鹿にしてるわけじゃないわ。豪華な顔立ちだもの、舞台に映えるわ。ねぇ、丸山明宏とダニエル・ダリューって似てるじゃない?とっても、似てるじゃない?」白痴美。白痴美白痴美、そんなことを言うのならば、愛弓だって白痴美だ。それも日本趣味の白痴美だ。化粧をされる前の僕たちは、どっちも白痴美だ。それは子供たちの特権だ。少年少女の特権だ。「ねぇ、あなた、魔法が解けるのはどんな気分なの?」「魔法?魔法って。これのこと。」紅を指差す眞人に鏡越しに頷いて、「そう、来る夜も来る夜も、あなたは魔法にかけられて、夜毎のジャンヌ・ダルク。でも、鐘が鳴ると、急いでおうちに帰らないといけない。」「父親が僕のことを嫌いなんだよ。」「こんなにきれいなのに?」「父は女が好きなんだ。僕は女みたいな男だと思われている。もともと、父さんはそうなるのを怖がって、あ、父さんは、本当の父さん、僕に男らしい遊びや習い事をさせていたんだ。本当の父さんは。そうやって矯正しようとしてね、でも、もともとは父さんのせいでこうなった。僕は父さんに呪いかけられたんだ。美しくなりますようにってね。その呪いのせいだ。どうしても、きれいなもの、美しいものに憧れる。」「白い呪いね。」「そんなとこさ。ああ、父さん、死んでしまった可哀想な父さん、どうして僕にこんな呪いをかけたの。」「ねぇ、あなただけじゃあないわ。私はママに呪いをかけられたのよ。」「母親に?」「私のママは画家でね、あなたもきっと、名前を識ってる。有名な人。御父様と出会って、恋に落ちて、御父様も画家だった。売れない画家。でもいい男。若い頃の姿は、写真でしか識らないの。御父様、ママに恋してた。ママも御父様に恋してた。それで私が産まれたの。ママは、主婦に、お母さんに専念したいから、画家を辞めようとしたわ。でも、生まれついての藝術家だったのね、最後と臨んだ作品で、題材画材、真剣に、今まで以上に真剣に取り組んで、のめり込んで、それで美術開眼、作品は大層な評判になった。それで、フランスからね、招致されたの。でも、お金が出るのはママ1人分だけ、そんな仏語も喋れない御父様や私、仕事もないのだからお呼びじゃないの、ママだけで行った、必ず戻ると。でも、フランスに渡って、そこからすぐに音沙汰が無くなって、仕事を捨てずに、御父様を捨てたの。私達、そこからすごく苦労したのよ、御父様は絵も描かずに、身体が弱いのに、外で働いてね……。ある日、美術雑誌を捲っていたら、驚いたわ、ママが、美しいママが、それ以上に美しい大理石の彫刻のような男性と腕を組んでいて、今をときめく洋画家スターだって紹介されていた。その男は、忌々しいママのモデルだった。そうね、私、ママが、本当に御父様を愛していたのかどうかもわからない、そんな役を演じていただけだったのかも。ママは、私を捨てたの。私は、御父様が大好きで、でも、御父様は、あの雑誌を読んでしまったからかしら、ある夜、睡眠薬で自殺したの、私がまだ十歳の頃のお話。そうして、私は一人ぼっち、ずっとずっと、一人ぼっち。ある日、ママが私に会いに来たの。どういう風の吹き回しかわからないけれども、私は十三歳、花の十三歳よ、私、ママに会える、フランスで活躍しているママに会える、ドキドキしたわ、夢現だった、ホテルオークラの喫茶に現れたママは、着物姿だった。縮緬着物のママは、美しいママだった、でも、あの羽織はステレンスだったかしら……、それでもね、きれいだった、でもね、ママ、私を見て、何か、もう、いらないものでも見るような目つきで、ふいと、そのまま視線を逸らして行ってしまったの。私はどうしていいかわからず、ママを追ったわ。ママ、ママ。ママに似てる、そう、皆言ってくれたの。だから、きっと、ママはまぁまぁこんなに大きくなってって私に言ってくれるって、あなた、私によく似てるわねって。けれど、ママは振り向きざま、私の娘なら、もっときれいだろうって、そう言ったの。私、驚いてしまって、呆然と、もう歩く力もなくなってしまって、ただ、そのまま行ってしまうママの背中を見るだけで、それからあとのことは何も覚えていないの。藝術家のママ、美しいママ、ママに相応しい娘に成るには、私、美しさの欠片もなかったのかもしれない。睡眠薬を飲んだわ。気持ちよく死ねるって聞いたから。これで本当の天涯孤独だと思ったから。でもね、死ぬに死ねなかった。分量を間違えたの。死に損なって、幽霊のような顔で、鏡よ鏡、鏡さん、この世で一番ママに似てるのは誰って……。」愛弓の一重まぶたは笑うと弓なりに透き通るようだった。「なるほど、オチが付くならきっとママは君に恐れをなしたんだろう。ママは毒苹果を持ってくるのを忘れたんだ。だから、ロールのために、白雪姫が自分で買って齧ったんだな。」「ええ。睡眠薬にも味があるのは驚いたの。苹果の味。」鏡の中の眞人は、いつの間にかうっすら化粧が毒々しく、派手な色合いに転じていた。「これじゃあ舞台映えはするだろうけど。」アメリカやフランスの雑誌で見た、舞台に立つドラァグクイーンを思い出すような、毒々しい化粧。「こんなジャンヌ・ダルクはいない……。」愛弓の施してくれた化粧はまさに舞台に立つクレオパトラだった。毛皮のマリーだった。どうしてこんなにも男が見え隠れするのだろうか。反対に、鏡の中の愛弓は白白とした星と月の浮かぶ夜空のように涼しい。それが、あまりにも際立ってしまう、「哀しい。僕、哀しい。」ぽつりとこぼれたか細い声で、はっと、鏡の中に映る男の肉体へと転じる自分の顔立ちの中に見覚えのある瞳だけが、あの、ああ、父さんが願って止まない美しい少年時代を思い起こさせた。あれがジャンヌ・ダルクだったのかと、あの時の父さんの心がわかるようだった。父さんの白い呪いが、自分の中に谺している。然し、それももういずれは効果が切れそうだった。「私にせよ、あなたにせよ、もうすぐ年老いるから、だんだんと綺麗なものが無くなるでしょう。少年と少女の頃だけでしょう、私、ママに捨てられてからずっと、心だけが大人になって、どうせ。」眞人は、愛弓の言葉を手で制して、しっと、人差し指を立てた。「もうすぐ鐘が鳴る。鐘がなったら、僕は帰らないといけない。」「ええ。魔法が解けちゃうわね。」「僕は、帰るたびに、父親に暴力を振るわれるんだ。」「虐待?」「うん、言葉の暴力だ。あいつ、僕が女の子の格好をしているのが許せないんだ。あいつにはジャンヌ・ダルクを演じることは伝えていない。」「伝えるつもりもない?」「これは女装劇だ、男装劇だ、全員があべこべなんだ、シェイクスピアリスペクト、識ってる?シェイクスピアの時代は、男が女の役をやっていたんだ。それに倣ってる。そういう劇なんだ。そう言えば、納得するかもしれないけれど。」「私はジル・ド・レェだし。ねぇ、シンデレラ。」「ジャンヌ・ダルクだ。」「ジャンヌ・ダルクは最後には女の子に戻るじゃない。いいえ、いつだって女の子だったわ、でも、彼女も魔法が解けてしまう。」「結局、子供が魔法なんだ。」「そう、魔法って子供なの。少年と、少女と。大きくなると、魔法が解けてしまう。それはなくなってしまう。」鏡には、まだ眞人と愛弓が映っている。モノクロ写真よりも白い肌は、若い二人の特権だった。その苹果も何時しか枝から落ちようとしている。「だから私は整形するのよ。」「どうしてそうなるんだよ。」「だって、着飾って、自分を変えていく、化粧、整形、なんでもござれ、そうすると、いつまでも変わらない、保っていられる、鐘がなっても気付かないの、気付かなくても平気なの、だって、美しいままだから。ずっと踊れるんだから。反対に、あなたはどう?化粧して、化粧して、ジャンヌ・ダルクは最後には全部が暴かれて丸裸にされて、火刑に処されるの。そんなの哀しいじゃない。あなたも、舞台に立ち続けるの。そうすれば、本当のあなたが暴かれることはないわ。」「本当の僕?」「美しい少年のあなた、美しい少女のわたし。それはもう、この舞台、この劇で幕を下ろすの、この劇と一緒に幼心を火に焚べるの、思い出とともに。そうすれば、きっと、明日、明後日、明々後日、来る夜も来る夜も襲ってくる怖いものに立ち向かえる気がするわ。」どこかで、鐘が鳴っている。Ding Dong。夜を告げる鐘の音が校舎に響いている。「ほら、皆さん待ってるわよ。」立ち上がり、眞人の肩に手を軽く置いて、そうして愛弓は行ってしまった。一人、お世辞にも楽屋と言えないこの部屋で、眞人は鏡を見る。愛弓は何を言っているのか、つかめるようで、掴めない。眞人は、机に置かれた手鏡でもう一度自分を見ると、彼の父さんが祈っていた頃の自分の美しさをその頬色に見て取って、すぐにかぶりを振って、それを地面に打ち付けて割ってしまった。これも火に焚べてしまおうと、眞人は立ち上がり、今度は姿見に映った、奇妙なジャンヌ・ダルク、ペニスの生えたジャンヌ・ダルクを見つめる。稽古は恙無く繰り返されて、気付けばすっかり、二人はジャンヌとジル・ド・レェ侯爵、もう舞台映えしている、演出家の女子生徒、やはり男色それも少年愛を入れたくなって、舞台で誰か少年役を、脱げる人間はいないのかと喚く、舞台装置の数々は出来上がり、巨大な十字架が作られるも、体育館の扉を通らなくて難儀、ならばと一人頭の回る男子生徒が、「それならノコギリで真っ二つに切ってしまおうよ。中で元通りになるように組み立てればいいだろう。」その言葉に美術係の大将カッとして、俺様の芸術を切るとは何事だそのような暴挙を取るならばこの十字架は使わせんとまるで横尾忠則のように怒り心頭、そのまま持ち帰ってしまって頑として返そうとしない、結句、生徒の親が懇意にしている学校の近くの教会に飾られた美しい銀の十字架が男どもの手で運ばれてくる。これこそがジャンヌ・ダルクそのものだと、誰もが感嘆の声を上げる。愛弓も、眞人も、その鈍色の光をじっと見つめる。永久に光り輝く十字架のどこがジャンヌ・ダルクか、微かに金継されているのを見つけて、あれも物質の整形か、物質の将来も、人間同様何れ朽ちゆく定めなり、と呟く。そうして、明日の晩、いよいよ、自分たちの青春を焚べるのだと勢い勇んでベッドに入り、つまりは心中なのか、そういう、甘美な空想と共に月光滴る雲間から縄梯子がするすると降りてきて仄白く発光する降ろしたての愛弓が眞人の枕元に降りてくる、その最中、ギイと音を立てたドアで夢破れて、「白粉の匂いがするなぁ、くせぇ臭いがするなぁ。ぷんぷんするなぁ。」眞人は眼を強く閉じて、身を強張らせて布団を被る。スンスンスンスン鼻を立てる音がする。そうして、ああ、母さん、母さんはどこにいるの……ああ、そういえば、母さんはもういないのだ、真白のママも、もういないんだったな、思考が寸断されるかのように、ぐいと布団が持ち上げられて、継父がじっと眞人を見つめる。そうして、ガサゴソとポケットから何かを取り出して、それを眞人の口に押しつける。くしゃくしゃのつけ髭。継父は、そうしてそのまま眞人の唇を奪った。眞人は、なんだか、ズボンから下まで、そのままトイレで流されたかのように力が抜けて、もう立てなかった。事が終わると、眞人は、ああ、これでもう、僕はジャンヌ・ダルクにはなれないなぁ、真白薬局のように、純潔じゃないんだから……、それは僕の決めつけかもしれないけれど……、立ち上がり、窓を見ると、星が瞬いている。澄んだ空に星空は海のように広い。星空は、この罪に未だ気付いていないのかしら……。翌朝、痛む身体を庇うようにゆっくりと学校へ向かう。いつの間に雨が降っていたのだろう、校門から続く楡の並木道は生まれたてのようにツヤツヤしている。教室について、ゆっくりと腰を下ろす。熱い。目が痛むのはどうしてだろうか、頭痛が断続的に続いていて吐きそうだ。愛弓が近づいてくる。彼女は眞人を見つめて、言葉が欲しいように、じっと彼を見つめた。「女の子はみんなこうなのか?」眞人が尋ねると、「だと思った。歩き方がおかしいんだもの、ねぇ、でも、あなた、もうこれでジャンヌ・ダルクはできないわねぇ。あれだけ美しい少年が、男娼になってしまったんだもの。」笑う愛弓は巫山戯た美しさだった。眞人が堕天使の美ならば、今こういう物言いの真白愛弓は白痴美の女王、﨟たけた狐の女王だった。遠くから、どこか遠くから、歌が聞こえてくる。Elle a roulè sa bosse Elle a roulè carrosse Elie a plume plus d`un pigeon-……。「ねぇ、シンデレラ。シンデレラも、白雪姫も、ほら、純潔でしょう。美しいのは、純潔だから。ジャンヌ・ダルクが美しいのも純潔だからよ。でもあなた、昨晩、あなたはお父様を誘惑したの?もう汚れ始めている。」「誘うもんか。あいつからっ。」「ねぇ、私があなたにシンパシーを感じたのは、あなたに美のはかなさを見たからよ。それが思春の男の子でしょう?だから色々と打ち明けたの。ああ、この男の子なら、私を理解してくるんじゃないかって!でも、男娼になってしまっただなんて……!美しい男娼だとしても、それは欠け始めた鉛筆、ちびた鉛筆なのよ。」愛弓はそう言うと、もう、眞人に興味がないようだった。どうやら、愛弓にとって、眞人はもう大人の男性であって、興味が抱けないらしい。愛弓は、挙手をして、ざわざわと劇の準備に忙しい友人たちの喧騒に向かい、「ねぇ、皆さん。質問があります。純潔じゃない人に、ジャンヌ・ダルクを演じられますか?男色家ではない、清廉潔白なジル・ド・レェ侯爵、つけ髭の青ひげ公がいないように、汚れた人に、ジャンヌ・ダルクは務まりますか?」ああ、父さん、僕の父さん、僕を、世界で一番美しい少年になるようにお祈りしていたお父さん、あの日はたしかに僕はあなたの腕の中においてあなたの理想でした。今の僕は、こうして女装して、今宵、舞台に立って、火刑に処されます。それが、僕の夢でもありました。申し訳ないけれども。美しいままに焼かれて、ジル・ド・レェがそれを看取るのです。でも、あのジル・ド・レェ、あの人は、男装していても、やっぱり白雪姫でした。あの白雪姫こそが、僕には継母だったのです。舞台を見ます、ちょうど、魔女裁判の練習を控えて、そこには、十字架と相対するように、薪が束ねられています。継母は僕をその火で焼こうとするのです。美しい女の妬みのその炎で。転落の詩集を綴るのは、一人では嫌だとばかりに。ゆっくりと、眞人は自慢げに演説を終えた真白のか細い腕を掴んで、それは小枝のように今にも折れそうで、然し、勢いを弱めることはせず、舞台の裏手に引き込むと、手首1本分しかないのではないかと思えるほどのその細い首に手をかけて、勢いよく締め上げていく、皮肉にもここで散々恐れていた男の力が開花して、真白の白い首筋から顔がだんだんと赤くなり、次第に、今度は青白くなる、そうして、双眸にきらきらと浮かぶ白白とした星星の中に流れ星のように涙の星が溢れて、少女扼殺されて、少年はその切れ長の眼に浮かぶ涙をそっと拭き取って、そうして、胸ポケットから綺麗に折り畳んでいたハンカチを取り出すと、薄い唇を覆う厚い紅を拭き取って、永遠の少女に戻してやる。