津原泰水 たまさか人形堂物語
私の好きな小説家さん、津原泰水さんの作品で、『たまさか人形堂ものがたり』というものがある。
これは人形屋さんが舞台の小説で、玉阪人形堂を引き継ぐことになった元会社勤めの澪と、年下イケメンの人形職人冨永、訳あり寡黙な優しい老職人師村の3人が主人公の、連作ものの小説である。
既刊は2冊あって、『たまさか人形堂それから』という作品が続編に該当する。
人形職人の話ではあるが、主人公の澪さんはその手の話に関しては読者同様の素人のため、読み手の視線と同化する。
セルロイドの人形やテディベア、ラブドールや操り人形、浄瑠璃の人形など、話ごとに軸となる人形が異なる。人形ならば何でもござれ、である。
それらにまつわる薀蓄もまた面白いのだが、書かれる描写には幻想性もあって、さすがは幻想文学の語り手だと唸らされる。
元々は『人形がたり』というタイトルで連載していて、間違いなくそちらが美しくいい響きだが、タイトルを変更したはわかりやすくして、売るためだろうか…。
今作で私が好きな話はやはり『最終公演』という、老職人が語るチェコでの
人形劇の話である。短い短編ほどの分量だが、内容の濃さ、書かれる世界の幻想性ったらない。
若き師村氏がチェコの天才人形師の人形劇を観に行った際の嘘のような物語を語る話で、作中特筆して出来栄えがいい。
ポーランド映画、『ふたりのベロニカ』の人形劇を想起させる。ヨーロッパの人形師…。
人形を操る人形師を操る…そんなことが…という童話めいたお話だ。最後のオチまで秀逸である。
また、文楽人形では安珍清姫にまつわる話が登場し、その話の入り組んだ構成は大変おもしろく、読んでいて引き込まれる。安珍清姫の頭部にまつわる話だが、この動画の19分頃に、清姫の顔が変わるカラクリ仕掛けが見られる。
そういえば、人形浄瑠璃といえば、谷崎潤一郎の『蓼食う虫』にも出てくる。あれは主人公が淡路まで見に行くシーンがある。その時に主人公の要は、義父とその愛人という、狂ったカップルと一緒にそこへ赴くのだが、そこでの浄瑠璃の劇場の書かれ方がなんとも言えず良いのである。
ちなみに『蓼食う虫』は潤一郎の限定本六冊の1冊になっていて、こちらは約370部存在している。六冊のうちの一つの『吉野葛』とかなかなか手に入れるのが難しいが、タイミングなども重要だろう。
話を人形堂に戻すと、こちらは非常に優しい後味の作品で、誰が読んでも読みやすく、端正な文章で書かれている。
津原先生と言えば、ウルトラ傑作『バレエ・メカニック』や『11』の表紙では四谷シモンの人形を表紙に配していた。
四谷シモンさんとはプライヴェートでも仲が良いため起用されているのだろうが、双方の魔性が連動して何たる奇書として機能していることか…。
四谷シモンさんの自伝、『人形作家』もとてもおもしろい著作で、作品の中で、澁澤龍彦が彼の少年人形を見て、「なんでもっと勃起させないの?」と尋ねられたとのことだが、シモンさん曰く、「勃起させるとフィニッシュを連想させるので、それよりもたらんと垂れている感じの方が好き。」とのことだった。
どっちも譲れない主張があるんだネ。
ああ、四谷シモンさんのお人形が欲しい。何百万円もするから、まぁ難しいけどね。