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アルゼンチン史/フンタス裁判

パラグアイ人の友人と最初にブエノスアイレスを訪れたとき、大統領府が見える五月広場近くの交差点で彼がこう言った。ー「五月広場の母たちを知っているか?」

もちろん答えは「ノー」だった。読書家の彼は五月広場にまつわる悲しい歴史について語ってくれた。

それは1976年から1983年にかけてアルゼンチンの軍事政権によって行われた「汚い戦争」と呼ばれる白色テロだ。「パンパのヒトラー」と呼ばれたホルヘ・ラファエル・ビデラ将軍の軍事政権は左翼テロ鎮圧を口実とし、反体制派の疑いのある一般市民を弾圧、拷問、殺害した。

なんと薬物を飲まされて飛行機で海上へ運ばれ、上空から生きたまま投げ落とされた人も大勢いたという。耳を疑うようなその国家テロによって行方不明になった人たちは約3万人もおり、その中に自分の息子や娘たちがいると考えている母親たちが無言の抗議行進を行ってきたのがこの五月広場なのだ。

それまで恥ずかしながらアルゼンチンでそんな時代があったとは知らなかった。しかも1980年代前後という比較的最近の出来事。

その「汚い戦争」を主導した軍幹部を、民政移管後に裁判に問う法廷ドラマが、ちょうど一年前に公開されたアルゼンチン映画『アルゼンチン1985 〜歴史を変えた裁判〜』だ。(Amazonプライム独占)この作品は今年のゴールデングローブ賞非英語作品賞を受賞し、アカデミー賞の国際映画賞にもノミネートされたが、日本では劇場公開はされず話題にもならなかった。

非常に重いテーマを扱っているが、主演のリカルド・ダリン演じるフリオ・ストラセラ検事とその家族の絆も描かれており、コミカルさも持ちあわせている。この類の映画にありがちな暴力的なシーンは無く、まるで再現ドキュメンタリーのようにストーリーは進んでいく。

ちなみに冒頭の写真は私が撮った現在の国家最高司法裁判所で、世界三大劇場の一つといわれるコロン劇場の向かいに位置する。映画の中でも主人公が裁判所に向かうシーンがあるが、ニュルンベルク裁判以降最も重要といわれたフンタス裁判は実際にこの場所で行われた。

原題は一切の無駄がない『Argentina, 1985』。おそらくタイトルだけで裁判を連想できるからだろう。アルゼンチンの歴史とスペイン語を学ぶための教材にもなる、骨太で王道のリーガルサスペンス作品だ。

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