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【在住者レポート】 混迷のアルゼンチン生活/2024年版

私がアルゼンチンに移住してから早くも3年目に突入した。昨年のレポート記事に引き続き、今年も相変わらず大荒れのアルゼンチンで起こっている出来事や時事ネタを書いていきたいと思う。

日本でも歴史的円安・物価高はトレンドになっているが、アルゼンチンで起きていることに比べるとまだまだかわいいレベル。ラーメンや野菜の数十円程度の値上げニュースを見るたびに羨ましいと思う限り。

今回はこの一年での生活の変化や、これからアルゼンチンで暮らす方に向けて最低限押さえておくべき現地の情報を自分なりにまとめてみようと思う。


物価の急激な高騰

昨年12月のミレイ新政権発足後、「ショック療法」と呼ばれる厳しい緊縮政策が打ち出され、公共交通機関や光熱費などの補助金が削減された(※1)。それにより国内消費が落ちたことでインフレ圧力が和らぎ、実に16年ぶりに四半期ベースの財政収支の黒字化が達成された(※2)。とはいえインフレ率鈍化により物価は上がり、生活費はいきなり上昇することになる。

例えば公共交通機関は今年1月から10月までの短期間に、地下鉄の運賃は6倍に値上がりし、路線バスも4倍ほど値上がりした。「え?生きていけるんですか?」と聞かれるが、実際のところ円換算すると15円だった運賃が90円に値上がりしているだけなので、日本人の感覚からいえばまだまだ激安。

運賃の値上げで公共交通機関の利用がパンデミック時よりも減少している

家賃が3倍も値上がり!?

また前政権の賃貸法が廃止され、値付けの自由を促す必要緊急大統領令(DNU)により、契約は自由に交渉できるようになり、物件所有者はドルでの請求も可能となった。これにより賃貸物件の家賃が大幅に値上がりしている。

ちなみに我が家も今月契約を更新し、ペソ払いの家賃は前年比で238%値上がりした。しかも契約当時からたった2年でペソの価値が大暴落している為、初年度の家賃からは7倍値上がりしたことになる。

このような賃貸の大幅値上げの影響で、4人に1人は家賃が払えないために引っ越さざるを得ないという調査結果が出ているほど(※3)。

実際の家賃相場

アパートの家賃相場についてご質問いただくことがあるので、この機会に先月末時点の情報をシェアしたいと思う。今回はブエノスアイレス市内で日本人が多く住む、比較的治安の良い地区に限定している。

1LDKのアパートを借りた場合の平均的な家賃※4
・プエルトマデーロ地区:1,019,112ペソ(約12万8,000円)
・パレルモ地区:546,806ペソ(約6万9,000円)
・ベルグラーノ地区:530,042ペソ(約6万7,000円)
・レコレタ地区:515,949ペソ(約6万5,000円)

日本の「1LDK」に相当するのは現地で「2 ambientes」として表記され、「ワンルーム」は「monoambiente」と表記される。為替レートは1ドル1,200ペソまたは150円として計算している。家賃は契約によって半年または数ヶ月ごとに改定される場合があるので、常に変動するものとして考えたほうがよさそうだ。

国民の半分が貧困層

ここまで生活費が値上がりすると、気になるのは給与がそれに追いついているのかということ。残念ながら世界最大の統計データ会社スタティスタの調査によると、ドル換算したアルゼンチンの最低賃金は月163ドルで、中南米の17カ国の中であのベネズエラに次ぐワースト2位の低さだ。(※5

私の妻はブエノスアイレス市の公務員だが、今年1月から9月までの短期間で給与が143%もアップした。もちろんこれは決して喜ばしいことではない。物価が急激に上がっているため、我が家ではその間に食費は108%、アパートの共益費が186%、光熱費に至っては460%に値上がりした。念を押すがこれは今年に入ってからの上昇率で、むしろもっと給与を上げてもらわないと追いつかないレベルなのだ。

また新大統領就任直後から、18あった中央省庁が9に再編された影響で、国家公務員の約10%に当たる約3万人の公務員が解雇された。これには俗に「ニョッキ」と呼ばれる「あまり仕事をしないで給料をもらっている人たち」を解雇していく狙いがあるよう。

このような急激な物価上昇とリストラ増加の影響もあり、国民の貧困率は53%まで上昇し、ホームレスも急増している(※6)。また国家統計センサス局(INDEC)によると極貧層は約900万人にのぼるとみられている。

お得感がなくなったブルーレート

昨年までの公式レートは非公式レート(通称ブルーレート)と3倍近くも乖離していた時期があったため、ブルーレートで換金した場合のお得感が凄まじかった。

ただ新政府が公式レートを切り下げたことで、二つのレートの乖離幅は10月現在で約23%まで縮まってきたため、最近はブルーレートによるお得感はもはや無い。

エコノミストによると、これはミレイ政権の通貨発行削減などの政策で現政権への信頼感が高まっていくことが背景だそう。

頻発する航空業界のストライキ

8月以降アルゼンチン航空では断続的にストライキが発生しており、エセイサ国際空港とホルヘ・ニューベリー空港をはじめとする主要空港では、国際線と国内線で欠航や遅延が頻発する非常事態となっている。

アルゼンチンの航空業界では業種別の労働組合が存在し、それぞれが企業側と激しく対立しており、賃金交渉が成立しなかった場合にストライキを行っている状態で、これにより利用客に多大な影響が及んでいる。

この影響で政府は9月上旬に利用客保護のための新たな規定を発表し、手荷物の預け入れやフライトのキャンセルや遅延などの場合の航空会社側の負うべき責任について定めた。政府としてはアルゼンチン航空の再民営化を模索しているようだ。

信頼が揺らぐ国営のアルゼンチン航空

牛肉の消費量激減

アルゼンチンで「安くて良質」という言葉が当てはまるのはなんと言っても牛肉だ。この国の有名なバーベキュー「アサード」は名物で、牛肉の一人当たりの年間消費量も世界最高を誇っているが、最近そのポジションが怪しいらしい。

過去の平均は一人当たり年間72.9kgだったそうだが、最新のデータでは年間約44kgのペースとなっていて、100kg以上消費していた1950年代に比べ激減している。(※7

ただアメリカの38kg、オーストラリアの27kgを上回り、ウルグアイとほぼ並んで世界最高水準のポジションは維持する見通しのようだが、購買力が下がったのか明らかに今年はアサードに誘われなくなったなという印象だ。

もちろん日本に比べてまだまだステーキ肉は安く、スーパーで1キロ2、3千円ほどで美味しいサーロインが調達できるため、我が家では毎週のようにステーキをいただいている。アルゼンチンの牛肉は肉厚の赤身肉で、脂肪が少ないので胃もたれせず、肉本来の美味しさを味わえるという良さがある。もちろんアルゼンチン産マルベックワインとの相性は抜群だ。

現地生活の悩みの種

現地生活において、家計のやりくりトラブル対応は常に悩みの種だ。今年は特に出費の変動が激しく、家計簿をつけたり、買い物は割引セールを狙って特に日持ちする物をまとめ買いをするようにしている。我が家では大手スーパーJUMBOのキャッシュバック(3ヶ月毎開催)も活用している。

JUMBOのキャッシュバック期間は、レジ待ち1時間の長蛇の列になることも

またトラブル対応に追われることも南米ならではかもしれない。アルゼンチンではカスタマーサービスが酷く、購入者側に毅然とした対応が求められる。

例えば注文したものが届かない、注文していないものが届く、発送が忘れられている、期限切れ、割引商品が割り引かれていないなど様々な問題が日常茶飯事。あまりにも普通のことになっているせいか、謝罪をされることはほとんどなく、最後は言い訳されることも少なくない。

アルゼンチンではお客様ファーストという考え方はなく、あくまで自分たちのビジネスを守ることが一番であるため、力関係が日本とは正反対だ。クレームを入れるのは面倒だと思い放っておくと、無駄にお金を失うこともあるので注意が必要だ。

生活満足度が下がる

興味深いことに、パンデミック中の2021年「アルゼンチン国民の63%は将来について楽観的である」という調査結果が出たようだが、3年後の今年「アルゼンチン国民の63%は生活に不満を感じている」と報告されている。(※8)。

さらに3人に1人は仕事の後に他の活動ができないほど疲れていると感じているようで、専門家が燃え尽き症候群(バーンアウト)状態にあると警鐘を鳴らしている。

まとめ

今回は2024年のブエノスライフの変化や現状について取り上げた。この国では法律が目まぐるしく変わり、毎日のように家計に影響を与えるニュースが飛び交う。だからこそ、現地人には自然とエコノミストのような視点を持ち、常に情報に敏感であることが求められる。

アルゼンチンに住んでいると、日本では当たり前だった「信用」について考えさせられる。ここでは社会の不確実性が高まっているため、日常的に代替プランを考え、柔軟に対応することが不可欠だと感じる。

かつて将棋の羽生善治さんが「泰然自若」という言葉を扇子に掲げていたのを思い出した。困難な状況や予期せぬ出来事に直面しても、冷静で動じない様子を表す言葉だ。ここアルゼンチンにいると、計画通りに進まないことや予測不能なことが起こるのが当たり前だからこそ、柔軟性や折れない心、ひいては人間力が養われる。

問題を避けることよりも、いかに乗り越えるかに主眼を置くアルゼンチン人のポジティブさやたくましさから学ぶことは多い。

また「住めば都」と言うように、一度アルゼンチンの魅力に触れると、その独特の文化や雰囲気、時にクセの強いアルゼンチン人たちに引き込まれ、離れがたくなるのも事実。

アルゼンチンはその日その日を大事に生きることの大切さを教えてくれる国である。

(完)


出典

  1. https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2024/8c38ce37552199f4.html

  2. https://jp.reuters.com/markets/japan/funds/52JKD46O6VNQZCHB2DOI7QZOJU-2024-05-16/

  3. https://www.ambito.com/real-estate/crisis-habitacional-1-cada-4-inquilinos-tuvo-que-mudarse-no-poder-pagar-el-alquiler-n6064586

  4. https://www.lanacion.com.ar/propiedades/casas-y-departamentos/alquileres-cuanto-cuesta-un-departamento-por-mes-barrio-por-barrio-en-la-ciudad-de-buenos-aires-nid02042024/

  5. https://es.statista.com/grafico/16576/ajuste-de-los-salarios-minimos-en-latinoamerica/

  6. https://jp.reuters.com/markets/japan/funds/Q7TYZECYXZPBJEGFKNYTRHMTTY-2024-09-27/

  7. https://www.sankei.com/article/20240729-QBYBKSTBPFM77JUVMQSETELMHA/

  8. EXPO2020ドバイによるアンケート https://www.ambito.com/informacion-general/bienestar/el-63-los-argentinos-es-optimista-el-futuro-del-mundo-terminos-oportunidades-n5264154 Observatorio de Tendencias de Insight 21の調査https://www.ambito.com/lifestyle/mas-quemados-y-menos-felices-el-63-los-argentinos-no-se-siente-satisfecho-su-vida-n6042434


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