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共創的な関係構築のために 〜 アドボカシーを通じた価値共有の深化

はじめに

前回は、ユーザーコミュニティとの協創、イノベーターとの対話、そして地域発の草の根活動という3つの柱を中心に、顧客との対話を促進する場づくりについて解説しました。各地域で活発な活動を展開するユーザーコミュニティ、革新的な製品開発に挑戦する企業のリーダーたち、そして地域に根ざした継続的な学びの場。これらの活動は、いずれもユーザー主導で発展し、私たちベンダーはその活動を支援する立場として関わってきました。

第5回となる今回は、このように育まれてきた関係性をさらに発展させ、より深い価値共創へと昇華させていくアプローチについて、実践的な視点からお話ししていきたいと思います。


対話から共創へ:新たな関係性の模索

「この場で共有される知見は、もっと大きな可能性を秘めているのではないでしょうか」

これは、ある地域のユーザーコミュニティのリーダーから年次イベントの後に頂いた言葉でした。前回お話しした通り、各地域のユーザーコミュニティは、月例の勉強会や若手向けの研修プログラムなど、それぞれの必要性に応じた活動を展開していました。また、年次イベントでは、小型ロケット開発に挑戦するベンチャー企業の創業者など、革新的な取り組みを行うリーダーたちの講演を通じて、製造業のエンジニアたちの創造する情熱に火をつける場が生まれていました。

この言葉は、そうした活動をさらに発展させ、個別の技術課題や一企業の革新を超えて、業界全体の課題解決に向けた共創の場へと発展させていく可能性への気づきを私たちにもたらしました。

情報化時代における関係性の変化

フィリップ・コトラーが指摘するように、情報化時代では顧客の情報力が飛躍的に高まっています(参考:コトラーのマーケティング4.0)。前回お話ししたユーザーコミュニティの活動は、まさにこの変化を体現するものでした。地域で展開される月例勉強会や若手向け研修プログラムは、製品活用の知見だけでなく、業界の最新動向や技術革新についての情報も活発に共有されていました。

こうした状況下では、ベンダーの役割も大きく変化せざるを得ません。私たちに求められているのは、一方的な情報提供者としての立場を超えて、コミュニティの自律的な発展を支援しながら、共に新しい価値を創造していくパートナーとしての役割です。

アドボカシーの発展段階

このような認識のもと、私たちはユーザーコミュニティとの関係性を「アドボカシー(advocacy)」という視点から捉え直してきました。それは以下のような発展段階として観察することができます。

第一段階の「製品支持者(Product Advocate)」は、前回ご紹介した地域の草の根活動の中から自然に生まれてきました。ある機械部品メーカーの事例は、その典型といえます。月例勉強会のリーダーを務めていた設計部長は、自社での活用を通じて設計時間を50%削減することに成功。その経験を惜しみなく共有し、多くの企業の改革を支援してくださいました。

第二段階の「価値共創者(Value Co-creator)」は、前回お話した年次イベントでの基調講演者たちに代表されます。独創的な家電製品を開発したベンチャー企業や、小型ロケットの開発に挑戦する企業のリーダーたちは、単なる製品活用を超えて、業界に新しい価値を創造する存在でした。

第三段階の「産業革新者(Industry Innovator)」は、さらに大きな視点で業界の変革を推進する存在です。ある大手製造業のケースは、その好例といえます。地域のユーザーコミュニティで培われた知見を基に、グローバルなサプライチェーン全体の設計プロセス改革を提案。これは後に業界標準の確立へとつながっていきました。

アドボカシーを育む実践的アプローチ

ユーザーコミュニティの活動は、コロナ禍を経てさらに進化を遂げています。特に印象的なのは、以下の三つの展開です。

第一に、オンラインを活用した知識共有の深化です。コミュニティが始めた月例のオンライン勉強会は、地理的制約を超えた学び合いの場として定着しました。さらに、世界各地のユーザー会とのオンライン交流も活発化し、グローバルなナレッジシェアリングが日常的に行われています。既存のユーザー会が新たな地域ユーザー会の立ち上げを支援することも行われています。この場では、設計のテクニックやベテランの活用法といったノウハウが共有されるとともに、製品への改善要望についても活発な議論が行われています。

第二に、次世代エンジニアの育成支援です。ある地方のコミュニティでは、地元の工業高校との連携プログラムを展開しています。現役のエンジニアたちが講師として参加し、CADの操作スキルだけでなく、製造現場で実践されている設計手法や経験者のノウハウを伝えています。また、学生フォーミュラやロボコンといった実践的なものづくり教育の場にも、コミュニティのメンバーが技術支援やメンターとして継続的に関わっています。

第三に、現場の課題解決に向けた協力です。積層造形や金型設計に携わるメンバーたちは、オンラインでの定期的な意見交換を通じて、日々の業務で直面する技術的な課題や効率化のノウハウを共有し、生産性の飛躍的な向上を達成しています。

これらの活動に共通するのは、徹底したユーザー主導という点です。私たちベンダーは必要に応じた支援を行い、その成果物が他の多くのコミュニティメンバーに伝え活用できるように働きかけますが、活動の方向性は常にユーザーコミュニティ自身が決定しています。

「三方よし」の現代的実践

これらの取り組みを進める中で、私たちは日本の伝統的な商人哲学である「三方よし」の現代的意義を再認識することになりました。前回の記事でご紹介した地域発の草の根活動は、まさにこの精神を体現するものでした。参考:近江商人の三方よし経営とは

例えば、ある地域で始まった若手技術者向けの研修プログラムは、参加企業の技術力向上(買い手よし)、私たちベンダーの製品価値向上(売り手よし)、そして地域の製造業全体の競争力強化(世間よし)という三つの価値を同時に実現しています。

今後の展望と課題

デジタル時代における関係性の構築には、新たな課題も見えてきています。コロナ禍を経て、オンラインでのコミュニケーションが一般化する中、いかにして深い信頼関係を築いていくか。各地域のユーザーコミュニティは、オンラインとオフラインのハイブリッドな活動スタイルを模索しています。

また、活動のグローバル展開も重要な課題です。国内で培われたコミュニティ運営のノウハウを、どのように海外展開していくか。文化や商習慣の違いを超えて、価値共創の輪を広げていく必要があります。

おわりに

前回ご紹介した「場づくり」の取り組みは、より深い価値共創へと発展していきました。その過程で私たちが学んだ最も重要な点は、コミュニティの自律性を尊重しながら、いかに適切な支援を行うかということです。

各々のユーザーコミュニティは、それぞれの特色を活かしながら、より深い価値創造に向けて歩みを進めています。私たちの役割は、そうした動きを支援しながら、より広い視点での協働の可能性を提案していくことだと考えています。

次回は、このような関係性を支える情報発信の仕組みについて、具体的に解説していきます。特に、各地域のコミュニティ活動で生まれた知見を、いかにして効果的に共有・活用していくか、実践的な方法論をお話ししていく予定です。


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