金木犀のかほり
仕事の帰り、外に出たら金木犀の香りがした。
僕は19歳になるまで金木犀の香りを嗅いだことがなかった。19の秋、一人暮らしをしていた京都のアパートの周りで初めて金木犀の香りを嗅いだ。金木犀の香りなど知らない僕は、てっきりどこかの家でトイレの改装工事でもしているんだと思っていた。金木犀を知らない僕にとってあの香りはトイレの芳香剤のイメージしかない。
いつになってもトイレのリフォームが終わらないので、これはおかしいと思って友人に聞くと、「それは金木犀の香りだ」と教えてくれた。
それから、金木犀の香りを感じるとそのときに住んでいた京都のアパートを思い出す。と同時に、「これから本格的に秋になりますよ」と合図を出された気分になる。
夏が好きな僕は夏から秋に替わる季節が一番嫌いで、なんだか感傷的になる。
毎年残暑は結構厳しいので、しばらくは騙し騙し夏の延長のような気分でいるけれど、金木犀が香るとそんな中途半端で執行猶予のような期間に終止符を打たれてしまう。
その日も、今年初のその香りを嗅いで、悲しいような、寂しいような、うまくは表現できない例えば幼い頃大好きなおじさんが法事か何かでウチに泊まって、次の日に帰ってしまうのを見送っているときのあの感覚とでも言おうか、まあそれに似た感覚の中で、もう一度深く深呼吸をしてその甘い香りを確かめた。そして吸ったその香りを溜息に換えて吐き出し、僕はバイクに跨って岐路に就いた。