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その女、ヴィトンにつき
朝の通勤ラッシュもひと段落つき、乗車率で言うと70%程の電車の中。僕の向かいの席に座り、ルイ・ヴィトンのトートバッグを持った70歳前後であろう女性の話。
年配なりに着飾ってはいるがくたびれた服。ほぼ白髪で手入れのされていない髪はやつれた感があり、靴も古く薄汚れたパンプス。その風貌とピッカピカのルイ・ヴィトンが相まってなんともいえない荒廃感が漂う。何が彼女を突き動かすのか、髪や服装はどうでもよくても、バッグだけはということなのだろうか。まさに究極の一点豪華主義。もはやその価値観はモノグラムのみぞ知る・・・。
一点豪華主義モノグラム老婆は、女子高生やギャルが行うそれと同じ感じで、車内で身だしなみを整え始めた。
ここからが今回の本題であり驚愕ポイント。アニメで言うなら今週のビックリドッキリメカ登場シーンだ。
彼女はトートバッグから、化粧水か、乳液か、まあその類のベース用化粧品の液体が入った小瓶を取り出した。ビンを逆さにしてそれなりにしっかり振らないと出てこないような、化粧品特有の「弁」がついた小瓶だ。その基礎化粧品は新品らしく、これも化粧品にありがちな、シュリンク加工(ビニールがぴちっとついている加工)が施してあり、彼女は小瓶の蓋をそのビニールごと「バリッ」と開封し、使用する準備をした。使用する準備だと思った。僕には。
!?
飲んだ!?
使用ではなく、飲用したのだ。
確かにその老婆は基礎化粧品を「飲んだ」のだ。
やはり、特有の弁の影響で飲みにくいのだろう、必死でチュウチュウ吸っている。がんばれ、ババァの吸引力!
いや、応援してはいけない。だって飲んでいるのは、内服時の人体への安全が保障されていない「基礎化粧品」なのだから…。
それから彼女は基礎化粧品を2杯お替りして、その都度シュリンク加工された小瓶のスクリュー蓋をバリっと開封し、全てマズそうな顔でチュウチュウ飲み干した。
しかし老婆の“美”の追求はとどまる事を知らない。
今度は、香水を手にとって蓋を開けた、ワンプッシュで少しずつ出てくる、香水には典型的なスプレー方式だ。
モノグラムババァは、その香水を直接首筋に吹き付けた。
左首、右首、口内。
…口内!?
ババァ、平然と口内に香水を噴射。そして嗚咽。そりゃそうです。嗚咽するのは当たり前です。あなたが口にしたそれは香水。しかも、本日二度目の「食べられません」表示の商品なのですから。
ババァの飽く無き向上心が突き動かしたのか、その後も、
左、右、口、嗚咽。左、右、口、嗚咽。
を3セットほど繰り返し、大事そうにヴィトンのトートバッグを小脇に抱えて鶯谷で降りていった。
ウグイスだろうとホトトギスであろうと、彼女の前では鳴かないだろうな…。と思った。