1つ屋根の下で「じゃぁね」を言い合うこと
「じゃぁねー」
私は夫を3階に見送って、これを書いている。
私たちは10年ほど前に今の分譲住宅へ引っ越した。もとは1区画であっただろうその土地に、全部で6棟の住宅が建った。1棟あたりの敷地は明らかに狭く、それでも部屋数を確保するべく3階建てとなっている。
幸いにもお隣さんに恵まれて、平和に暮らしてこられた。ただ、確かに窮屈だ。実家の母は「鉛筆みたいな家」と揶揄する。せっかく買ったお掃除ロボットも、さぞ鬱憤をためながら部屋を回遊していた。おまけにロボットの走れない階段だけが無駄に多く、手動の掃除機を運びながらなんとかホコリを取り除く日々だ。
「せめて2階建てが良かったな」
そんな考えに変化が訪れたのは、コロナ禍だった。私たち夫婦は双方が在宅勤務になった。そして、会社の方針やら何やらで、この状態がずっと続くことになったのだ。
となると、ラッキーだ。3フロアもあれば、1つ屋根の下にいながらにして、フロアを分けて執務することができる。一人の空間を互いが持って、仕事に集中することができるのだ。良かった、この家で。私はたちまち感謝するようになった。
さらに気づいたことがある。私たちはいつしか別のフロアに行くときですら、
「じゃね」
「バイバイ」
を言い合うようになったのだ。確かにフロアが分かれると、互いの姿は一切見えない。もちろん、少なからず音は聞こえているのだけど。無論、家からは一歩も出てないし。
けれども、なんだかこのやり取りが友達みたいで心地いい。つかず、離れず。夫婦のあり方を表現しているようにすら思えた。
手を振る私たちを不思議そうに見る猫もまた、気持ち良さそうに階段を降りていく。