【ショートショート】玉砕覚悟
2021年3月9日。
今日で僕はこの青葉高校を卒業する。
3年間野球部で汗を流した僕は、卒業式後に教室には戻らず、いつも通り田邊と山本と野球部の部室で駄弁っていた。
「おい、佐々木、聞いてんのかよ」
田邊が僕に向かって話し掛ける。
「わ…悪い、なんだっけ?」
“田邊と山本と駄弁っている”と言ったが、実際僕は他のことが気掛かりで、彼らとの会話は上の空だった。
「だから、このあとB組の集まりすっぽかして、野球部で集まろって言ってんじゃん!高校の思い出って言ったら、クラスの奴らより野球部の方がいっぱいあるだろ!」
田邊はすっかり伸び切った元坊主頭をさすりながら言っていた。
僕は、
「あぁ、そうだな」
と返し、
「あっ、でもおれ…ちょっと遅れて行くわ」
と付け足した。
田邊は不思議そうに、
「ん?何かあるの?」
と聞いてきたが、僕は
「あっ、いや、ちょっと…」
と濁した。
田邊は「ふーん」とだけ言って特に詮索はしてこなかった。
僕は今日、C組の神宮寺清香さんに告白をする。
1年生の頃から僕は神宮寺さんのことが好きだった。
彼女は僕のことなんて眼中にないだろうが、僕はいつでも視界に彼女が入ると、彼女のことをチラチラ見ていた。
もちろん、彼女と目が合うなんてことは一度もなかったのだけど。
玉砕覚悟。
僕は玉砕覚悟で彼女に愛の告白をする。
2週間前、下校しようとする彼女に、僕は校舎の2階の廊下から窓を開けて、
「神宮寺さん!卒業式が終わったら、午後4時に、体育館裏に来てください!」
と伝えた。
そのとき僕は、初めて彼女と目が合った。
透き通るような綺麗な瞳で僕を見る神宮寺さんは、さすがに驚きを隠せない感じではあったが、すぐににっこりと「はい」と返してくれた。
約束の時間、体育館裏で待っていると、神宮寺さんがやって来た。
おっちょこちょいな彼女は、体育館裏に生えている木々の茂みに顔を何度もぶつけていた。
僕はできる限り頑張って、彼女の目を見るように伝えた。
「神宮寺さん、ずっとあなたが好きでした!僕と付き合ってください!」
すると、身長3m52cmの彼女は、170cmの僕と目が合うようにしゃがみ込んでくれた。
そして僕の目を見ながらこう言った。
「私も、ずっと前から佐々木君のことが好きでした。ぜひ付き合ってください。」
告白がOKされたこともさることながら、
彼女の方から僕の目を見てくれたことが、僕はとても嬉しかった。
神宮寺さんは、高1のときから、身長が3m10cmあったため、僕が彼女の視界に入ることは一度もなかった。僕が彼女の眼中に入ることは一度もなかった。
初めて彼女と目が合ったのも、2週間前、校舎の2階から話し掛けたときだ。
あのときは、高さがちょうど合っていた。
神宮寺さんは
「本当嬉しい!佐々木君と付き合えるなんて!」
と言って、170cmの僕を片手で持ち上げて、僕を強く抱き締めた。
すると、
”ミシッ!!ミシッミシッ!!バキッ!!バキバキバキッッッッ!!!ミシバキ!!バキバキバキ!!“
僕の背骨は砕かれて、そのまま僕は病院に運ばれた。
***
神宮寺さんへの愛の告白から2週間が経った。
僕は今、病院のベッドで寝ている。
僕の背骨は神宮寺さんによって玉砕された。
でも嬉しかった。
元々"玉砕覚悟"で告白したから。
看護師さんには、建物2階の窓際のベッドを希望した。
窓からは綺麗な桜が見える。
桜に目を奪われていると、
突如窓の外に、透き通った綺麗な瞳が映り込んだ。
神宮寺さんだった。
そう、だから僕は、この病院の2階の窓側のベッドを希望していたのだ。
この高さなら、身長3m52cmの神宮寺さんの綺麗な瞳を眺めながらお話が出来るから。