第二部「What is doping?」 Vol.1「トランスジェンダーのスポーツ参画とスポーツマンシップ」
(ツイッターにて投稿した内容と同じです。念のためこちらにも投稿させていただきます。)
はじめに
昨年11月にNoteへ投稿したMLB「ステロイド時代について考える」にて野球界におけるドーピングの蔓延,規制の流れ,ドーピング使用のあり方についてざっくりとまとめさせていただいた。今回はその第2部としてよりスポーツ界全体におけるドーピングのあり方を知っていただくためにこのような形で投稿させてもらう。
ただ,ここにおける「ドーピング」とは単に「アナボリックステロイド」であったり「血中ドーピング」を指すわけではないことを事前にお断わりさせていただこう。
導入としてVol.1「トランスジェンダーのスポーツ参画とスポーツマンシップ」と題して考察していく。
①男女差の大きい「テストステロン」
ドーピングについて考察する上で切り離せない要素が「テストステロン」である。これは筋肉や肺活量を増大させ,骨格を形成する上でかかせない男性ホルモンであり,男性の場合,睾丸や副腎から分泌され,女性の場合は卵巣や副腎から分泌されるものの,その量は男性と比較して5~10%ほどにとどまる。男性が女性よりも体格に優れ,大抵のスポーツにおいても能力が発揮できるのはこのホルモンの分泌量の差からして当然といえるだろう。
「ステロイド」はこのテストステロンと似た物質または同等の物質であり,これらを摂取することで筋肉を増大することができるのだ。当然男性ホルモンであるために副作用として多毛症や毛髪の減少が起こってしまう。他にも多くの作用があるが今回は言及をとどめる。
②「トランスジェンダー」のスポーツ進出
長い間,不当な理由で精神的にも肉体的にも虐げられてきた「トランスジェンダー」の社会進出が近年著しい。多様な性のありかたを理解し,受け止めようという世界的な流れは常に加速しており,その中でも大きな変化が起こっているのがスポーツ界だ。リオ・オリンピック,パラリンピックでは自分がLGBTと公表している選手が60人以上も出場したのだ。国際オリンピック委員会はこの流れを汲み,性別適合手術を受けていなくてもリオ五輪への出場を認める方針を明らかにした。ただ、女性から男性へのトランスジェンダーが参加する場合の条件はないが,男性から女性へのトランスジェンダーの場合には,ホルモン治療を受けて体内のテストステロンが基準値以下になっていることを証明する必要があるのだ。(先述したテストステロンの分泌量が及ぼす骨格,筋肉量,肺活量に対する影響のため)
③どこまで多様化に対応できるのか
当然,こうしたスポーツ界の動きに対して異論を立てる者もいる。「いくらホルモン治療を行ったとはいえ,産まれた時の性別が男性であればそれが女性部門のスポーツにおいては有利に働くだろう」という考えが少なくない。実際にいまのIOCのやり方だと「オリンピック出場1年前までにテストステロンの値が基準値を下回っている必要がある」というもので,極端な話がオリンピック1年前までに基準値を下回るように調整すれば出場が可能となってしまうのだ。
また,テストステロンは思春期に多く分泌され骨格の形成(身長など)を助けるが,男性から女性へのトランスジェンダーが思春期にホルモン治療をせず,体は一般の男性としてテストステロンを分泌した場合にはより男性らしい骨格になり,思春期後にホルモン治療を行ったとしても筋肉量などは減少するものの男性らしい骨格はそのままである。
逆に「ホルモン治療を強制させることは人権侵害だ」と唱え,テストステロンの検査をせずにトランスジェンダーのスポーツ参画を認めるべきだとの声も挙がっており,どこまで性の多様化にスポーツ界が対応できるのかが喫緊の課題であろう。
④スポーツにおける「ずる(Cheat)」とは何であるか
すこし考え方を変えてみよう。トランスジェンダーのスポーツ参画を賛成しづらい理由は「ずる(Cheat)」の可能性があるからだろう。ではスポーツにおける「ずる(Cheat)」とはどんなものがあるか考えてみよう。
○「筋トレをして筋肉を増やそうとするのはずるいかずるくないか。」
○「革新的なメカニクスを動きに取り入れるのはずるいかずるくないか。」
○「常識を打ち壊すような技術を取り入れた道具(バットやラケット,水着など)を用いるのはずるいかずるくないか。」
○「ドーピング(ここではステロイドや血中ドーピングを指す)を用いるのはずるいかずるくないか。」
○「トランスジェンダーがホルモン治療を受けないのはずるいかずるくないか。」
結局の所,論争の種はこういったものに内在する線引きの曖昧さにあるのではないだろうか。
⑤「スポーツマンシップ精神」
我々人間は娯楽としてスポーツを作り上げる上でその競技ごとに「ルール(規則)」を設けた。これはスポーツを行う上で非常に大事な要素であり,ルールが存在しないスポーツはスポーツとして成り立たないだろう。しかしスポーツにおいては不文律である「スポーツマンシップ」という言葉が存在する。ルールを守っていればどんなプレーも許容されるわけではなく,マナーやモラルとして「選手の尊厳を守り,公平・公正にプレーすること」というのがだいたいの趣旨であろう。
だが果たしてトランスジェンダーに対するホルモン治療は「選手の尊厳」を守っているといえるだろうか。
また「公平・公正」であるべきならば”選手全員が同じシューズで走り、同じラケット・バットで打ち,同じ水着で泳ぐべきだ!”とは成りえないのだろうか。これを許容することは「技術的ドーピング(道具の性能における差異)」を認めることと同義だろう。
⑥「レーザー・レーサー」を潰した論理の歪み
2008年頃に英・SPEEDO社が開発した「レーザー・レーサー」という水着を覚えているだろうか。従来と違う新素材で作られ,水の抵抗を大幅に減らしたこの水着を着用した選手は各大会においていままでの記録を怒濤の勢いで塗り替える異常事態が起きたのだ。(2週間で43個の世界記録を樹立)当然だがSPEEDO社の水着を多くの水泳選手が使うようになり,従来の水着トップシェア企業をスポンサーにする選手は一気に減ることとなった。
しかし2010年に国際水泳連盟が水着の規定に「レーザー・レーサー」が当てはまらないように規定改正を行い,突如としてこの革新的な水着は終焉を迎えたのだ。
普段は「技術的ドーピング」を認めているものの,「公平・公正」の元に鉄槌を下すこの「スポーツマンシップ」のあり方に私はひどく嫌悪感を覚えてしまう。
例えば今,マラソン界でナイキの「厚底シューズ」が新記録を連発しているが,これもスポーツマンシップの名の下に正義の審判を下すのだろうか。ここでナイキだけを認めれば二枚舌もいいところであり,認めなければおなじく「技術的ドーピング」に対する曖昧さが露呈する格好となるだろう。(もちろん陸上と水泳とでは運営が違うので一概には語れないが…)
⑦トランスジェンダーのスポーツ参画とスポーツマンシップ
このように曖昧で偏向にあるスポーツマンシップの庇護下にあっては,いつまで経っても本当の意味での「選手の尊厳を守る」「公平・公正」なトランスジェンダーのスポーツ参画は進まないだろう。
確かに人権や平等性などが渦巻くこの問題は非常に繊細であるため,最終的な解決をむかえるのには多くの時間を要することは間違いない。当然,スポーツ選手,運営,スポンサー,そしてファン全員が納得のいく円満な結論というのは到底望めるものではないが,まずはこの不確かに蔓延する同調圧力的な「スポーツマンシップ」という概念から一度離れてみることがトランスジェンダーのスポーツ参画におけるヒントであると考える。(ステロイドとかは絶対ダメだゾ)
最後に
いつもはMLBを絡めたNote投稿や企画作りをさせていただいていますが,この「What is doping?」では野球だけではないスポーツ界全体とドーピングを取り巻く実情および私自身の考えを発信していこうと思っています。
またこの第二部を書き上げたあとはフィナーレとなる第三部として”MLB「ステロイド時代」は本当に終わったのか?(仮)”の作成に移りたいと考えています。またこの投稿をきっかけにドーピングなどについて理解を深めていただくと共に,強い関心を持っていただけたならば嬉しい限りです。
「What is doping?」Vol.2につきましては後日作成次第,公開させていただきます。