短編小説その15「世の中で一番哀れなモノ」
――楽園だった。
それが、僕の眼前で展開されていた。
30人にも40人にも及び大人たちが、みんな笑顔で手を叩いて走り回り、誰も悩んでる者はいない。どこかの広大な果樹園を思わせる周りの木々も、その全てに満開の緑の葉をつけ、足元にも大量の葉が生い茂っている。
――また、目の前を誰かが笑顔で駆け抜けていった。
楽園だった。空からの太陽が、木々の葉の根元になっている無数のオレンジに降り注ぎ、それは鮮やか色身を見せていた。爽やかなその色に僕もつい目を奪われる。
――また、誰かが僕の目の前を通り過ぎる。楽しいのはいいんだけどね、人の前を横切るのは感心しないなぁ……。
みんな、悩んでたんだ。みんな生きることに、嫌気がさしてたんだ。そんな状況から、逃げ出したかったんだ。
それは、僕もわかる。時々、というほどたまにではなく、常に、というほどいつもでもなく、僕だって、考える。なんでこんな世の中で生きてるんだろう。何のために生まれてきたんだろう。生まれてきて、よかったのだろうか? それとも、生まれてきたのは幸運なのだろうか?
当然だが、生きてればいいことばっかりではない。まぁ、悪いことばっかりでもないが。でも、僕は思う。実際人生の幸運と不幸の比率を円グラフで描き出したら、一体どんな風になるだろう、って。
……まぁ、たぶん圧倒的に不幸、なんだろうねぇ。だって、人生にはしなくちゃいけないことが多すぎる。その、”強制的に何かをさせられてる時間”が、不幸以外の何者だというんだろうか?
そりゃ自分はこれを好きでやっている、なんて人も中にはいるだろう。でもね。そういう人のその、”好きでやっている”という根拠が、僕には不思議でさぁ。
だってそうじゃん?
ほん――――――――――――っとーに。何の規制も、しがらみもなくなってだよ。その上で、好きなことやっていいっていわれてだよ。それ、やるかな?
やんないね。断言できるね。それでもやるって人は、もうこの話聞かないでよ。気分悪くなる。それ、頑固通り過ぎて頭悪すぎ。
だってそーだろ?
その、”それ”は、何か他のことのためにやってることだろ? あ、ここで謝っとくけど、あれ、とか、それ、とか、これ、とか指示代名詞使いすぎてると思うけど、これ、敢えてなんだ。固有名詞で特定したくないからね。だからこの指示代名詞を、自分が思い当たるところに置き換えて聞いてみてよ。
――中でも凄い勢いで手を叩きながら笑ってた男が、僕の目の前に視界を塞ぐ形で立ち、僕の頬を両手で挟むような形で叩こうとしてきた。だから、ダメだって。人の迷惑考えない行為は。僕は一瞬の間も開けずその男の頬を右の拳で殴り飛ばした。他のお仲間達が踊ってる輪の中に見事に戻り、……あぁ、可哀想に。気づかれずに踏まれてしまったよ。でも、自業自得だよね。僕も迷惑かけられなきゃあんなことしなかったのにさ。
その、他の特定の何かがなくなったら、君はその、”好きでやってること”を、続けるかい? はい、これでもう僕が言いたいことはおーわり。これ以上話すこともないし、そもそもディベートする気なんて毛頭ないから。あ、逃げとか思わないでね。これはもう確定してることで、話し合う余地がないって言ってるだけだから。
ごめんねぇ、こんな捻くれた僕で。
――さぁ、と僕は立ち上がり、その楽園の輪の中に一歩づつ歩み寄っていく。その度、”あの”匂いが鼻を強く刺激し、思わず眉間に皺が寄ってしまう。
――あはははははは。と気違いめいた笑い声の大合唱。大輪唱。あぁ、ごめん。これ、やっぱ楽園と違うよねー。楽園と言えば美少女達の微笑の群れだもんね。こんな中年おっさん達の雄叫びの群れ、楽園と言うには辛いものがあるかも。
うん、そろそろ正直に言おうか。
――彼らは、錯乱してた。
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