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短編小説その17「と或るバベルのお話」
――――バベルの塔というやつは、日本でいう砂の城と同じ意味あいがあるらしい。
曰く、土台無理な空想を積み上げて、儚く、崩れ落ちるという。
そういう子供じみた幻想を抱くところは古代から変わっていないらしい。
人間という、種族は。
――それはともかく、
今ここに、一人の男がいる。
名は、裄石摘永(ユキイシ ツメナガ)。
仕事は夜警。映画やドラマなどでよくある、ある大手宝石店で夜の見回りだ。
簡単な仕事だ。ただ一定時間決められたルートをライトを片手に回り、異常なし、といい、戻ってくればいい。交代したあとは防犯カメラの映像を眺めながらのんびり煙草でもふかす。雑誌でも読む。誰でも出来る、労力も頭も使わない仕事。ただ深夜、ということだけで割り増しの給料を得ることが出来る美味しい仕事。
そういう見方で、摘永は仕事をしていた。
その日も、摘永はやる気なく出勤した。
慣れきった、惰性の仕草で更衣室で制服に着替え、帽子を被り、警棒を腰に差す。モニター室にいる顔の知れた相棒に片手を上げて挨拶し、いつものルートを歩き出す。
真っ暗な、迷宮。
毎回その場所を見るたび、摘永は思った。暗闇の中に、四角い透明なショーケースが、まるで高い壁のようにいくつも連なっている。その間を縫うように通路が縦横無尽に走っている。その途中の行き止まりでぼんやりとほの赤い非常出口を示す光が揺らめいている。
不気味だ。
だが――、という思いと共に、摘永は手元のライトのスイッチを入れた。同時にパッ、と丸いスポットライトが前面に出現する。
その前方50センチほどのところに出現した半径20センチほどの明かりを頼りに、摘永は迷宮を歩く。スポットライトを前後、左右に振り、不審な人物や、異常なところがないかチェックしながら、迷宮を歩く。
最初は戸惑いもしたものだが、人間慣れれば何でも慣れる物だ、と摘永はぼんやりと思った。この不気味な迷宮も、慣れれば勝手知ったる我が家のようなもの。目を瞑っててもある程度の位置はわかる。
最初はスポットライトが照らしていない場所に恐怖を感じた。何かいるのではないか。何か蠢いているのではないか。思って、何も出るなと祈りながら歩いたものだ。
だが、ここまで慣れてしまうと、最早退屈な作業に成り下がっていた。むしろ何も出ないのが物足りない。逆に何か出ないかと祈っているくらい。
そのように考え、道のり100メートルほどの通路のうち、半分近くの40メートルを進んだところで、
前方の通路を照らすスポットライトの中に、蠢くものを認めた。
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心癒すオムニバス短編小説集
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