見出し画像

鳶柱

マグリブの時間の空を見るのが大好きだ。
半分はそのためにここに居ると言ってもよい。
マグリブ時間はまさに日没時間。
陽の落ちる時間。

ここではそこに祈りの時間を告げる無数の声が響き渡る。
声はほぼ同刻とはいえ、バラバラと始まる。
それぞれの抑揚も長さも異なる。
声の主も異なる。
そのため、声の溶け合い方も常に異なる。

はじめは遠くから小さな声が聞こえ始める。
声が重なり合うにつれ、声の集合体は大きくなる。
告げ終わった声が徐々に消えていき、やがてまた遠くの遅れた声も消え、静寂が戻る。

昼の鳥が、いつも、まさにその時間に塒へと移動を始める。
烏が、鳶が、群れをなして。時には単独で。
2年前、今いる場所から 10km ほど離れた所にいた時、それに気づいた。
今の場所でも同じ。きっと何処でもそうなのだろう。
自然の中で暮らす鳥たちの動きとたまたま重なるだけかもしれないが。

ごくたまに例外のマグリブ時間がある。
数十羽という鳶たちが群れをなして旋回をする。
上空で旋回するのもやや下方で旋回するのもいる。
それだけの数が、高さの異なるほぼ同じ場所で旋回する。
まるで空に柱が立ったかのようになる。
だから安直に鳶柱と呼んでいる。
これ以上ぴったりくる呼び名はない。
この時だけは旋回する無数の鳶は塒に向かおうともせず、延々と旋回し続ける。
理由はわからない。

今日がその例外だった。
ここ数ヶ月で二度目だろうか。
以前見た時は、遠くの鉄塔の周りを旋回していただけだった。

いつものように屋上に出る。
普段座っている場所に普段どおり座る。
正面やや左側の空に鳶柱が立っていた。

ほぼ同じ場所を徐々に軸をずらしながら旋回している。
二十羽くらいだろうか。もっといるだろうか。
ふと見ると、やや右側の空にも別の群れの旋回が見える。
その二つの群れの間のやや低いところでも別の旋回が始まった。
マグリブの声がはじまる。

旋回しつつ、ふわっと広がっては群れと群れが重なり合う。
いつしか一つの大きな群れになっていた。
声は声で徐々に重なり合い、溶け合い、一つの集合体になる。
一つになった大きな群れの軸が徐々に自分の頭上に近づいてきた。

旋回を見上げる。
向こうの空を眺めている時とは異なり、木や建物が目に入らなくなる。
空と旋回だけだ。
自分が見上げる姿勢でいるのは解っている。
それでも、視覚の中では前後も上下もわからなくなる。
目を開いたまま目眩をおこしているような錯覚に陥る。

声のピークも過ぎ、徐々に徐々に静寂に取って代わる。
旋回は頭上から後ろに移動したまま、まだ塒へ向かう気配はない。
先に残り陽も消え、夜の帳が下りた。

いいなと思ったら応援しよう!

browneyes
はげましてくれたらもっとがんばる!