【小説】翡翠 Hisui 第5章『翡翠(ディメンション)』読了時間15分
第5章 翡翠(ディメンション)
ついさっきまで眼下にとじこめた旋がいない。首をねじって車内を物色し、本当にいないか確かめた。
波状攻撃を肩くねりすりぬけ道を切りひらく。衣服にかくれた骨をよけると水の張った肌がふれあう。
鳴りひびく発車メロディーに急かされ、ホームドアの陰からにゅっと人面がとびでる。
人面にかくれた頭蓋骨がつぎつぎと腕を噛んでくる。歯痕はつかない。ただとがった犬歯がくいこむ痛みに匹敵していた。
頭骨のマシンガンを両肩に撃ちこまれる。
勘で上半身をねじってすかしていたら、乗客の顔面に肩甲骨ふりかぶるものだから、ヒトが怖気づきゆずってくれた。
ホームに降りたつやいなや、金属音がこだまして車内は騒然となる。空財布をポケットにしまう。
一文無しの自分をココロの底から笑いたい。ビジョンどおり、十七パーセントのにぶい重力に切りかわった。
現実逃避がみえてきた。ココロのなかにあるU字磁石のおもりを捨てれば、熱気球が浮かびあがり次元の旅が待っている。
群衆のすきまの月面を歩く。
道をふさぐ強面の男がいた。
黒ずくめの格好をした米人が立ちはだかる。黒い肌に埋めこまれた翡翠の目だけがきわだっていた。
会社員の身なりをした初対面のアメリカ人ににらまれ、にらみかえしたら笑った。
かたくなに道をさえぎっていた。全財産を乗せた日比谷線が発車する。
乗客の側壁は散って、六本木駅のホームを翡翠の眼が見渡したすきに逃走をはかる。
すぐに舌打ちされた。覆いかぶさる殺意を背にあびながら、駅階段を下りた。
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