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【小説】翡翠 Hisui 第4章『霹靂(タイムシフト)』読了時間10分

第4章  霹靂(タイムシフト)

 ついに、二月三日が来た。八丁堀駅のホームにある待合室で日比谷線を待つあいだながめた白い折れ線のついたパンフレットには、円柱のシルエットが描かれていた。

 零次元のオブジェと白いゴシック体でかぶせてあり、金色の光彩でふちどられていた。

 円柱がゼロ次元をあらわすとしたら、一番ふさわしいオブジェはいかなる造形だろう。

 実物をみる前にイメージをふくらませる。実物をみたときにイメージとくらべて、見えないところも鑑賞するのだ。

 見えるものばかり観察しても、他人と同じ感性しか授からない。

 他のヒトに同調する一般的な日本人の考えかたでは、自分を見失う危険があると小学二年生で予知したあの日。

 黒板に落書きしているクラスメイトを自分の席から遠目にながめ、紙に描けよ、自由帳があるだろ。みんなに見せびらかしたいのかい、と憐れんでいた。

 三十分間の昼休みになっても、みな教室から抜けだして男の子は校庭を駆けまわり、女の子は図書室でくっちゃべったりして自由を満喫するなか、ひとりで教室にいた。

 友達がいなかったわけではない。集団が苦手だったのだ。

 みんなで遊ぶよりも誰もいない教室で絵を描いたり、漢字ドリルや算数ドリルを解いたり、みんなの机のなかをのぞき見するほうが、好きだった。

 教室をひとり占めしていると、たまに女子が物をとりにくる。教室の中で異性とふたりっきりに自然となるのだ。

 一足早く小学生で青春を感じとっていた。

 れいくんはともだちと遊ばないの、と話しかけてくれるその子にあゆみよって、気がのらないんだよね。

 なんというかさ、教室がいちばん落ちつくんだ、と答えたあとにすかさず。「なにして遊んでたの」と必ず質問した。

 べつに、ふつう、びみょう、でごまかしてくる。

 平成中期は個人情報をかたくなに守っていた。あの時代がなつかしい。

 情報化社会になってから、自分を解放して個人情報さえ守らなくなった。

 誰もが心をひらき、多くの人とつながりを深めることがあたりまえになった。みんなが心の扉を開けはなった。

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