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BAR EVITA.オーナーバーテンダー亀島延昌氏

モデル:金子渉
写真:岡部ユミ子
文:舘野雄貴




無限∞か、ゼロ0か

Internet・IT・AI・Web・ChatGPT ・SNS・ICT・loT・・・・あらゆるテクノロジーの進歩と共に私たちの可能性が無限に拡がっている。
一瞬にして世界中の人たちと繋がることができるし、見たことのない景色を望むことも可能となった。
どんな無理難題にも応えてくれるツールは、ライフスタイルや仕事の在り方にも変革を及ぼしている。
また、治療不可能と言われている神経性難病により声を出すことができない人とコミュニケーションをとることだってできる。
私たちは、こうしたテクノロジーを駆使することで何だって実現することができるようになってきている。

しかし、デジタル化された世界の中では、人同士が繋がりやすくなったが、その質はどのように変化しているだろうか。
効率や生産性が重視され、人の手によるものを極力回避するような傾向が強まり、人と人が直接触れ合うことなく物や情報が瞬時に行き渡ることが可能となっているが、その温度感はどうであろうか。

 誰とも会わずに生活を送ることもでき、それを便利といえばその限りだが、どこか物寂しさも感じてしまう。
これからも利便性を追求して変わりゆく世の中において、なにか忘れてきてしまったものはないか。その進化の過程において、代償として失ったものがあるとしたら、それは・・・。

BAR EVITA

豊かさの中に埋もれていったなにかを探すかのように銀座へと向かった。
時代や人間の流動の中心ともいえるこの街にBAR EVITAはある。
今年(2024年3月時点)で20周年を迎えたこちらのBARのオーナーバーテンダーである亀島延昌氏は、「変わりゆくものもあれば、変われないものもある。」と語る。
「例えばカクテルレシピがその一つです。日々新しいレシピも誕生していますが、良いレシピは時代が変わっても存在し続けています。
数あるカクテルの中でも、マティーニは、カクテルの王様と称されており、何百通りものレシピが存在するとも言われています。
BAR EVITAでは、ヴィンテージ・マティーニを提供させていただいております。」


「元を辿れば基本のベースレシピがあり、それを元に飲まれるかたの好みに合わせて作っていきます。
ベースを変えずに、ベースの上に個性や新しい技術を取り入れていくことで進化していくのです。
変えられないものがあるというのは、どのようなことでも不変たる原理でしょう。」

イチ1から無限∞に広がりゆく


映画「7年目の浮気」で、マリリン・モンローがマティーニに「少しお砂糖を。」と言うシーンがある。
「マティーニに砂糖は合わないよ。」と指摘されたモンローは、「故郷のデンバーでは普通よ。」と答えた。
 邪道と呼ばれる飲み方を好むこともあるようだ。
 
「007」では、ジェームズ・ボンドが、
「Vodka Martini, Shaken, not stirred」(ウォッカ・マティーニをステアではなくシェイクで)や
「Three measures of Gordon's; one of vodka; half a measure of Kina Lillet. Shake it over ice, and add a thin slice of lemon peel.」⦅ゴードン(ジンの銘柄)3に対してウォッカ1、キナリレ2分の1、氷のように冷たくなるまでシェイクして、それから薄くレモンピールをスライスして添えてほしい。⦆
などと作り方を細かく指定するセリフが有名だ。

レシピを元に自由にアレンジを加え、自分好みのカクテルに仕上げていただくのもBARの魅力でもある。
理想のカクテルは、自分自身とバーテンダーとの信頼の中で生み出され、1つのカクテルから無限に広がりゆくこともできる。
カクテルの世界に自身の可能性を重ねてみるのも良いが、決めかねる夜には、ヴィンテージ・マティーニやBARが用意しているスタンダード・マティーニを味わってみると、またそこから新たな発見があるかもしれない。

科学を凌駕するのは・・・


 酒やリキュールをどれくらいの温度で冷やして、何回ステアするか・・・あるいはシェイクの仕方によってどのようなカクテルが出来上がるかは科学できている。
 しかし、人の心を解くことができるのは科学や数学ではない。

 ジン×ベルモット+オリーブという公式に当てはめることで、必ずしも最高のマティーニが完成される訳ではない。
 既成のレシピ通りに作ったところで、モンローもボンドも満足しないからだ。
 自分好みのマティーニをつくる数式は、その人自身の中にしかない。その時の感覚の状態や感情の揺らぎによっても変化するだろう。
それに合う最高のレシピを算出することができるのは、コンピューターでなくバーテンダーでしか成し得ない。 
人の心を探求するのは、人にしかできないのだろう。

人から人にしか伝わらないこと


 以前、BAR EVITAにフランスの銘酒「シャルトリューズ」の関係者が来たことがあったそうだ。
亀島氏とその方々が「リキュールの女王」と称されるシャルトリューズについて語らっていると、魅惑的な淡いグリーンに魅せられた他の客も交えて、みなでこの酒を味わうこととなった。

すると、100種類以上のハーブの効いた奥ゆかしい味わいにすっかり魅了され、あっという間に瓶が空っぽになった。
普段から飲んでいるお気に入りの酒を味わいながら一人グラスを傾けるのも最高のひと時であるが、人との出会いから新しい発見が生み出され、酒に新鮮さや妙味を増させることもある。
孤独が思考を促してくれるように、探求には人との出会いや導きも必要なのだろう。

人は人によってのみ


人の手を使わずにあらゆることが為せることを豊かと言うなら、現代は申し分ないくらいの豊かな時代が到来している。
そのような中で、便利さは感じつつも「真の豊かさとはなにか」と問うたことはないだろうか?
次から次へと新しいものを取り入れても満ち足りない心・・・そのような心情になるのはなぜか?
それは、人の手でしか成し得ないことがあることを感じていて、人の心の隙間には人によってしか埋めることができない部分があることを知っているからではないだろうか。
時代の流れや文明に逆らうということではなく、人と人が繋がりゆく中でしか見い出すことのできない素晴らしき世界も存在することを忘れてはならない。デジタル化が進み、どれだけ便利な世の中になったとしても、今昔を問わずに変わらないものもある。それは、新しいとか古いなどという概念を超越した人との繋がりが生み出す心の豊かさではないだろうか。
その不変の真理がある限り、街からBARが消えることはない。
「変わりゆくもの」と「変われないもの」の狭間で揺らぐ人々と共に、BARのあかりは灯り続けていく。

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