見出し画像

老いは惜しみなく奪う 余生コアタイムについて2

昨日の話の続きをします。

4年前に重度の中途障害者になり、今年還暦を迎えるオレは己の勝手な理屈で自分の余命を20年と想定しています。

その考えの根底は、余生の半分ぐらいは自立した生活と自己判断のできる時間は残されているだろうという雑な見積もりと、そのコアタイム10年間の前後に準備期間と自分の死に即した諸々の対応期間をそれぞれ5年ずつ設けていることから来ています。

誰しもピンコロで、最期はできるだけ医療介護のお世話にならずこの世から退場できればいいのでしょうけど、これまでかなり罪深い生き方をしてきたオレがそうそう最期の幕引きがうまくいくとは到底思えず、臨終から遡って3年か5年くらいは頭がボケてる可能性もあれば、統計による死因上位のがんも含めた入院治療とか介護施設への入所期間もあるかもしれないと予測しています。オレは決してペシミストではないけれど、往々にして人生なんてそんなものでしょ?

それを踏まえて、自らが想定する自活して過ごせる余生コアタイムとされる10年間を如何に謳歌することができるか? さらには、可能性の中にある考えうる最悪の臨終に向かうパターンが起きた場合の対策も事前にどう整えるか?

それが片麻痺発症以降のオレの抱える大きな命題であり、同時にその証明過程を他者へつぶさに公開して伝えることもそれもまた一種の使命なのかなとも勝手に思っております。

https://www.navinavi-hoken.com/articles/cancer-cost


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?