エコチェンと自己肯定感
日頃から、影響が広範でなかなか直截に正解を出すのが困難な社会的な問題や政治・外交的な事象に対する見解や意見が、自分の考えと近い人とばかり話していると、なかなか人間的な成長は望めません。
かと言って、己の判断や言動をクソミソにしか言ってこない人とばかり付き合うのも、精神衛生上、かなりよろしくない。
先日も、現在のオレの脳機能的に、認知能力に問題があるかの如くその言動を「包括的問題行動」と断じられた際は実際かなりヘコミましたし、おそらくその前後の経緯も含めてのその一言一句は一生忘れないし、折を見て最低でも整理して個人的に備忘録のメモとして総括しておくつもりです。そのメモをどう使うかはまったく考えていませんがあくまで記録としてね。
オレ、基本的に性格悪いので、やられたことは根に持つし長いスパンでも決して簡単には水に流したりしないので、かなり面倒くさいヤツです。
今のところ心情的には、以降、すべてにおいて粛々と進めさせていただければ、何もする気はないですけれど。
と、まあ、自己肯定感を木っ端みじんこにされるような人と長く付き合うのはメンタル的にもかなり難しいという、あくまで仮定の喩え話なのですが、ちょっと生臭かったですね…。
ちなみに、書いてる方がゲロ吐きそうになりました。もうちょっと法的な問題も整理して把握しないと軽率には断じられないから、普通の人には読んでもさっぱりわからない内容にしか結局はならないし。
まあ、自分の想定外の、まったく違う畑に属する人の意見を聞かせてもらえる知己という存在は、この歳になるととても大切ですね。
気楽だからと、いわゆるエコチェンの中にばかりいちゃダメよ。
おかげさまでなのか、単なる類友なのかはわかりませんが、近しい友人も往々にして手放しでオレを褒めてくれる単純なヤツなど皆無。
そういうわけで、オレはエコチェン効果とも無縁でいられるのかも…。
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