カウチポテトな夜もすがら「ギレルモ・デル・トロの驚異の部屋」
オレは、常日頃から自分が何に対して純粋な恐怖や不安を感じるのか探りたくなる傾向があります。
不安神経症とか強迫観念とか、理性や思考で制御できない、自分が抱える生理的や根源的な嫌悪や恐怖の対象に対して特に知りたい。
たとえば、先端恐怖症とか蓮の実やフジツボなどの集合体への恐怖感は? 過敏ではないけど少しあるかも…。
閉所(せまいところ)は?
ない。むしろ好き。暗くて狭い押し入れやダンボールの中とかには逆に進んで入りたいタイプ。
でも、コレって恐怖症というより、寺山修司か乱歩的な窃視癖かマザコンをこじらせた子宮回帰願望がオレの中で優勢っていう特殊な事情かもしれないけどね。
逆に、何もない草原とか、ひと気のない広い空間がとても苦手。他者の気配がないと、生きている人間がオレ一人なのかも…と、言いしれない不安に駆られてしまうのよ。ひとり上手だし、決して寂しがり屋じゃないとは思うんだけどな。
後は、昔は大好きだったのに歳をとったら高い所もかなりダメになった。
そのせいで今は尾道の千光寺も楽しめない有り様。
そういった恐怖にまつわる自分探しの延長でオレは昔から恐怖小説やらホラー漫画、映画などに耽溺していた気がする。
それも、ただ怖けりゃいいというわけでもなく、なんとなく恐怖にも波長があって、そこに知性と様式美があった方が、オレには好ましい。いわゆるゴシック調なモノはガキの頃から好ましく思うのよね。
そうじゃなきゃ、小学生で「アッシャー家の崩壊」とか「早すぎた埋葬」や「陥穽と振子」なんてわざわざ読まないでしょう。
それで、末尾リンクのドラマシリーズなのだけど、これはかつての「トワイライトゾーン」(「テレビシリーズ邦題は「ミステリーゾーン」)のようなオムニバスもの。今なら「世にも奇妙な物語」かな?
さらに言うなら、オレはこのシリーズをまとめるデル・トロ監督とは嗜好する恐怖の波長が合う気がする。
同じラヴクラフトマニアだしさ。
本シリーズでも、地名でセイラムが出てきたり、アクセサリーにダゴン教らしきモチーフが出てきたりと、わかる人にはわかる伏線が散りばめてある。
恐怖小説の活字で描かれた異形のものを映像化すると、制作サイドに想像力と美術に関する造詣がそれなりに深くないと、往々にして陳腐なイメージになりがち。
その点に関しては、オレにとってデル・トロさんは安心印! イコール=かなりステキにイカレてる! 見てるだけで、いろいろ匂ってきそうなくらい。
とてつもなく怖いものや生き物って一体どんな形をしてるの?
結局、人の持つ生理的な嫌悪やら恐怖ってのは、遺伝子の記憶として組み込まれているのかしら? そして、それは子孫に継承されるの?
と、こんな風に、最後はいつもの、オレがかねてから抱える抽象的な大きな疑問へと集約されてしまうのね…。
あ、当然ながらシリーズは全体的に怖いしグロいので、もっぱら映像作品を観ることには感動なり清涼感とか充実感を求めたい方は端から手を触れない方が賢明ですので、その点だけは重々ご注意を。
それでは、最後に皆さんに質問。
他人とはあまり共有できない、あなた自身にだけ怖いモノや受けつけないモノって何かありますか?
ドラマ『ギレルモ・デル・トロの驚異の部屋』の感想・レビュー [3082件] | Filmarkshttps://filmarks.com/dramas/12291/16966 #Filmarks #ドラマ
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