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レジャー
僕は運動会の徒競走はいつも4位とか5位だった。
“よーいドン”の合図があって、レーンがあって、ゴールが決まっている徒競走ではなぜか足に力が入らなかった。
いつも足がふにゃふにゃになってしまった。
でも、ボールとか動いているものを追いかけるときだけは、誰にもスピードで負けたことがなかった。
何かを追いかけてるときだけ僕は夢中で走ることができた……。
◆ ◆ ◆ ◆
『孤独な中年男性問題』が世間を騒がせていた。男には肩書が必要だから会社を離れると友達をつくれないのだそうだ。
これからどんどん技術革新が進む影響により、人々は余暇の使い方に悩むようになると言われている。男は肩書なしではだめだから、その手の世の中では新しい世界に入っていけないんだそうだ。
僕はなるべくなら世間を騒がせている問題に煩わされたくなかった。だからできるだけ肩書のない世界に飛び込もうとした。
そして幸運にもある協会の会員になれた。
『レジャー信仰会』という名で、いま世間を騒がせているようなものはまるっきりひとつもない真っさらな団体だった。
多少会費が高いだけで、僕みたいな初心者にはとても安心なプランも用意されてるし、老後のために余暇を積み立ててくれるサービスまである。
自分の余暇からでた配当金でさらに素晴らしい余暇が過ごせるなんて……最高だ。
しかし世の中そう甘くはない。
その権利を得るためには厳しい特訓をして正会員にならなくてはいけないからだ。
僕はまだC級準会員なので今年中にはなんとかA級クラスの準会員になれればと思っている。
◆ ◆ ◆ ◆
「明日はレジャーだー!、わー!って思ってください」
「はい」
ベテランの凄腕女性トレーナーについてもらった僕は幸運だと思う。
「もう一度、明日はレジャーだー!、わー!って」
「は、はい」
「ほんとに思ってます?もっと、わーって、さあ」
「わー。はい」
「あれをしよう、これをしよう、あそこに行って、ちょっと寄り道してって想像してみてください」
「はい、だいたい想像しました」
「素敵なレジャー様!、あーレジャー様!。こっちを向いて、きゃー!って感じで、さあ」
「神様、仏様、レジャー様、あー、キャー。はい」
「もっとこんな風に」
「もう限界です」
「自分のレジャーの限界を勝手に決めてはいけません」
「はい、すいません」
「ほら、このお写真を見てください。最高のレジャーで最高の思い出をつくった会員さまのお写真です」
「楽しそうに写っていますね。たしかに」
「こうして会員様が思い出を5個以上集めるとレジャーひとつと交換できます。これは特典です」
「最高の思い出じゃなくてもいいんですか?」
「最高の思い出を5個集めると、人は死んでしまいます。これは最初にご説明申し上げたはずですが」
「はい、そうでした。すいません」
「どうか私と話してるときはレジャー感覚で気楽になさってください」
「レジャー感覚で気楽にさせていただきます」
「そう、それから、もうひとつとっておきのお話があります」
「なんでしょう」
「なんと、ついに、あなた様のレジャーデビューの日が決まりましたー!!、パチパチ」
「レジャーデビューですか……。ちょっと自信ないですね、僕は……」
「大丈夫。ご心配なさらないで。万全のバックアップ体制をとりますので、どうか大船に乗ったつもりでいてください」
大プレジャーボートって言うかと思ったけど言わなかった。
その日からレジャーデビューに向けての猛特訓が始まった。弱音は吐いてられない。もしこれが成功すればランクを上げることができるのだから。
スペシャルトレーナーとしてレジャーのことならなんでもおまかせの『レジャー兄弟』のお兄さんのほうにおねがいした。依頼料は高額だけど、デビューのためだ。当然のことながら彼はすごくレジャーのことに厳しかった。
この厳しさの先にきっと楽しいレジャーが、そして最高な老&後があるんだと信じて、僕はきわめて良心的で雪だるま式に高くなるレッスン料を払いつづけた。
◆ ◆ ◆ ◆
そして、ついにその日が来た。
晴天明朗。海の見える場所。
こんなに美味しい空気には何由来の成分が配合されているんだろう。
他の会員の人はみんな、恋人とか家族とか友達とかを大勢連れてきていて、僕だけが一人だった。
一人での参加でもデビューには差し支えないと、協会側からは言われていた。
実際のところ……、
僕のレジャーデビューは、なんていうか、足がふにゃふにゃになってだめだった。
自分の不甲斐なさに落ち込んでいたそのとき、
どこかで誰かがやっていたサッカーボールが飛んできて転がっていくのが見えた。その上にはなんと玉乗り上手なネコが乗っていて、「誰かネコを助けてーっ」と飼い主さんの叫ぶ声がした。
べつにむちゃくちゃなシチュエーションだとは思わなかった。このままでは崖から海へ落っこちてしまう……。
協会の人たちが一斉に僕を見た。
僕は無意識に走り出した。なんとか助けなくては。
何かを追いかけているときだけ
僕は
夢中になれた。
すんでのところで追いついて、ネコをしっかりと胸に抱えた。
何とか助けることができた。
何かの一翼は担えたかもしれない。
すぐに輪ができ、
拍手喝采を浴びた。
「立派だよ、これで今日から君も正会員見習いだな」と肩書のありそうな人からそう言われた。
「あ、ありがとうございます」
僕は膝を擦りむいていて、ネコはかわいい声で鳴き続けていた。
『最高の思い出を5個集めると人は死んでしまいます』
僕は結局、自分の死を追いかけてるんだと思った。
終