逮捕開始の合図はダブルクリック そして君は四時の汽車に乗る(短編小説)
《戻りたいあの頃を持ってる人はきっと幸せなんだと思う。僕の場合それは君なんだろう。君は僕を救ってくれた。君を救えずにいた僕を……。》
僕はカフェでターゲットの男が来るのを待っていた。僕はそのカフェで彼の政治的目標について質問するジャーナリストということになっていた。
レコーダーの調子をチェックしたりしながらコーヒーを飲んだ。武器はブーツの奥に仕込んだ22口径のべレッタのみ。
通りをはさんだ骨董品屋の上で狙撃班が二人。少数精鋭の逮捕班もまわりには潜んでいる。
どの家の屋根もオレンジ色で牧歌的な街並みだ。プラハの秋。文豪が執筆したという店も近くにある。
しばらくして、その男はやってきた、ボディーガードは二人。
僕は立ち上がり笑顔で男と握手した。
それからは、本当はどうでもいい質問をした。かなり集中力を要した。
だから僕は初めてのキスを思い出した。
初めてのキスは嫌いな人とした。
嫌いな人とするキスは嫌いな人とするセックスよりもずっと苦痛だった。
逮捕開始の合図はダブルクリック。彼らはとても警戒していた。
ときおりサングラスのボディーガードが男に何かを耳打ちしたりしていた。
君は四時の汽車に乗ることになってた。
僕がいまの君について知っていることといえばそれだけだった。
この件が片付いたら危険なことはもうやめようと思う。
そして戻りたいあの頃のすぐそばにずっといよう。
ターゲットの男はそれでも饒舌に僕の質問に答えた。炭酸水のおかわりが欲しいと言った。
君はもう汽車に乗っただろうか。
それは時計を見れば分かることだった。
ダブルクリック。
すべては一瞬のうちに終わる計画だった。
必要以上の銃声がした。
誰かが人を呼びに行ったのだけわかった。
終
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